2022.08.10 08:00
【「処理水」放出】このままでは禍根を残す
早ければ来春にも放出を始める考えだが、風評被害を懸念する漁業者らの反対は依然、根強い。消費者の不安にも応えられていない。
そんな中での着工に反発や疑問の声が出るのは当然である。まして政府や東電は2015年、「関係者の理解なしにはいかなる(処理水の)処分もしない」との約束を地元漁業者と交わしている。
海洋放出に賛成や「やむなし」とする人ももちろんいる。だが、このまま放出に突き進めば地域に深刻な分断を生み、今後の復興や廃炉作業にも禍根を残しかねない。
政府や東電にはより一層説明を尽くし、理解や信頼の醸成を図るよう強く求める。
福島第1原発では事故で溶け落ちた核燃料(デブリ)を冷やすため、いまも注水を続けている。雨水や地下水もデブリに触れ、毎日大量の汚染水が発生している。
東電はこれをくみ上げ、専用装置で放射性物質を取り除いて「処理水」とし、構内のタンクに保管している。事故から11年が過ぎ、保管量は約130万トンにも上り、限界が近づいている。
問題は、放射性物質のうちトリチウムは除去が困難で、処理水に残存している点だ。原発事故によって風評被害に苦しんできた漁業者が「海洋放出は新たな風評被害を生む」と反対するのも無理はない。
政府は昨年4月、漁業団体が反対する中で海洋放出の方針を決めた。これを受け東電は、処理水のトリチウム濃度が基準値の40分の1未満に下がるまで海水で薄め、新設する海底トンネルを通して沖合1キロに放出する計画を策定した。
原子力規制委員会が先月、その計画を認可。立地自治体の福島県と大熊、双葉両町も工事開始を了解し、着工の行政的条件は整っていた。
東電は放出開始の目標を「来春ごろ」とするが、「夏ごろ」にずれ込む場合もあるという。いずれにしても数十年後まで放出が続く。
トリチウムはエネルギーが比較的弱く、人体への影響も少ないとされる。国内外の原子力施設でも、規制に基づいて海洋や空気中に放出している。
ただ福島第1原発の処理水は量も期間も桁違いである。実行するのなら、安全性が確認でき、風評被害もなくす取り組みが欠かせない。
工事ありきのような姿勢ではそれは実現しまい。現状で本体工事を始めた点だけでなく、東電は半年以上前から、規制委の認可が不要な一部工事に「環境整備」として先行着手している。
着工を認めた県や両町も決して無条件でゴーサインを出したわけではない。内堀雅雄知事は、農林水産業や観光業の関係者らと引き続き対話するよう東電に求めている。
東電には真摯(しんし)な姿勢が必要である。原発事故の原因企業であることを忘れてはならない。