2022.04.16 08:35
春山の恵み 山菜摘み―[音土景] 音感じる土佐の風景(16)
穏やかな風が吹く。鳥のさえずり、川のせせらぎが届く。高知県長岡郡大豊町立川下名。畑の脇で弾んだ声が響く。
「石のそばに出ちゅう」「かわいいねえ。こっちはもう採ろうかねえ」
つばの広い帽子に腕抜き姿で笑うのは畑の持ち主、長野永子さん(83)。もこもこの綿毛に覆われたゼンマイの新芽がぴょこぴょこ、お辞儀をするように頭をもたげている。
「折るときに音がするぐらいが食べ頃。全部は採られん。来年に、少し残しちょかんとね」
ちょいとつまんで、摘む。テンポ良く、竹かごにゼンマイを放り込んでいく。
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「山の人は目の色を変えて採る。みんな本気で毎日大忙しやき、気軽に声をかけられん」と笑う長野さん。この時季は毎日のように、ゼンマイやワラビ、フキノトウやイタドリ、タラの芽を採りに山から山を巡る。
採ったゼンマイは熱湯に3分ほど漬け、水に浸してあくを抜く。赤く染まった水を何度も替え、むしろで干して乾燥させる。
「8月のお盆のころ親戚が墓参りに来るろう。懐かしい味を食べさせちゃろうって、卵とじにしたり、炒めものにしたり。外に出た人間には特別喜ばれるものよ」
みんなの笑顔を思い浮かべて、また笑う。
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長野さんは、地元住民でつくる「立川体験交流の会」の代表も務める。毎年春には自分の山で、ワラビやイタドリが採り放題の山菜採りツアーを開催。県内はもちろん、愛媛や香川などから多い時には家族連れが50人ほど訪れ、にぎやかに楽しんでいたという。
「宝探しにみんな夢中。採れたと喜ぶ顔がうれしくて」
ただ一昨年から新型コロナウイルス感染症の影響で、ツアーは開けていない。人手を借りての草刈りもままならず、山の雑草は背丈ほどまで伸びてしまった。それでも「毎年のように採り続けてきたから、山菜の株も休まって丈夫になるろう」と前を向く。今は、以前の山の姿に戻そうと汗を流す。
「年を取ってできることも減ってきたけど。山菜も頑張って生えゆうと思うと、私も頑張れる。山から元気を分けてもらいゆう」
竹かごの中の春の恵みを見て、「こればあ採ったら上等上等」。満足そうに笑った。(山下正晃)