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2008.01.21 08:00

『本城直季 おもちゃな高知』ノミと石の鳴き声

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幡多郡大月町頭集の採石場


 冷たい風に揺れる緑の中、所々に見える白い岩肌。つめでひっかいたような、削り跡が幾筋も走っている。幡多郡大月町の頭集(かしらつどい)。かつて大阪城の築城にも使われたという花こう岩の産地に、今も年間5千トンほどを産出する採石場がある。
 
 そばに住む安岡輝男さん(78)は10歳の時に父親を病で亡くし、戦争末期の14歳ごろから当時「幡多郡で一番ゆうぐらいの商人」だった親せきの所に奉公に出た。農業や林業を手伝っていたが、終戦後まもなくして、19歳で母親も亡くした。輝男さんは残された3人の妹を育てるために家に戻り、家業の農業でタバコの葉を作っていたが「規模が小さかったけんね。タバコだけでは食べれんけん」と、地区で盛んだった石工になった。
 
 近くで石工をしていた親せきの弟子になって、1年間修業した後、10人ほどの作業員を雇う棟りょうになった輝男さん。年上が多かった作業員の中で、若い棟りょうは「雇うちゅう作業員よりも何倍も体使うた」。
 
 山から火薬を使って取り出した大きな岩を、注文に応じて細かく加工する。どの大きさに岩を割るかを決め、その線に沿ってノミでくさびを打つための穴をいくつか掘り、そこに“矢”と呼ばれる鋼のくさびを入れる。そして“牛たたき”という雑木を柄にした11キロほどの金づちを矢の上に落とす。この牛たたきなら「ぴゃっぴゃっ、しなる木で手にもこたわんかった」という。
 
 1回ずつ矢をたたくと「しばらくたばこ吸いよらないかん」と輝男さん。「じっと待ちよったら、ばりばりって小さな音が鳴りよった。音がしたらしめたもん」。直線上に並んだくさびに沿って、ひびが入り岩が割れる。話ではなんだか簡単そうに聞こえるが、輝男さんは「真っすぐたたかんと、ぱぁーんと矢が散るのよね。技術がいるのよ。3年ぐらいで一人前になるろうかね」。
 
 ブロック状に割られた石は道路工事や石垣などに使われたそう。「なかなか骨が折れる仕事よねぇ。けど力こぶ入れて、やって、トラックも買えるようになった」。昼間石を割り、夜になると建設現場などへ運ぶ生活。時には愛媛県の八幡浜まで、トラックを走らせた。「雨降ってもテント張ってやりよりましたよ。石によっちゃあ、日に50も100も割れる事もある。楽しみのある仕事やったね」
 
 約30年、石を割り続けた輝男さん。「妹3人を学校へ行かして、嫁さんに出したけんねぇ」。窓から入る光が、輝男さんを飛び越えて居間を明るくする。
 
 4人の子どもに恵まれ、石工の後は山を買い、街路樹に向いた樹木を売る仕事などを続けた。
 
 「ついでに見ていって」と照れくさそうに戸棚から取り出したのは、小学生の孫がもらったいくつもの賞状のコピー。「町の文化賞ももろうた」と自ら撮った表彰式の写真も見せ、笑う。かつて石の鳴き声を、風が運んだ小さな集落。緑の中、むき出しになった白い岩肌を、冬の太陽が暖めていた。(飯野浩和)

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