2021.10.01 08:45

桂浜 触れられない過去 ~どうする?桂浜 現在・過去・未来~

桂浜貝類博物館が作った「宮澤喜一」印の納品書。その周辺には桂浜の裏面史があった
桂浜貝類博物館が作った「宮澤喜一」印の納品書。その周辺には桂浜の裏面史があった
 南国土佐を代表する観光地、高知市・桂浜。その華やかな存在感とは裏腹に、昭和の終わりから平成にかけて、関係者が触れられない、触れたくもない時代があった。

 中心にいたのは、土佐闘犬センターを経営していた故・弘瀬勝。裏社会に人脈を持ち、行政の公平性をゆがめさせるほどの影響力を振るった人物だ。

 2000年には、弘瀬が絡んだ、県政を揺るがせる大事件が表面化した。

 別件闇融資―。闘犬センターの経営難に対し、県が1996年度以降に9億5千万円もの公費を秘密裏に直(じか)貸ししようとした事案だった。

 当時の県幹部は、指定金融機関の四国銀行に念書を差し入れ、直貸しの実行までのつなぎ融資を依頼。結果的に、県の直貸しは実行されず、四銀の融資は焦げ付いた。

 この問題は、県が96~97年に南国市の縫製業協業組合に計12億円を直貸し、焦げ付かせていた「闇融資」事件と合わせ、大騒動に発展した。県議会は百条委員会を設置して追及。元副知事ら県幹部3人は「闇融資」で12億円の背任罪に問われ、2007年に実刑が確定している。

 一方、「別件―」を巡っては、県幹部や四銀役員らが告発・告訴されたものの、全員不起訴に。弘瀬も百条委への出頭を「体調不良」を理由に拒否し、地方自治法違反容疑で告発されたが、不起訴で決着した。

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 県はなぜここまで闘犬センターに肩入れしたのか。発覚から20年が過ぎた今も判然としていない。

 当時の知事、橋本大二郎から「しがらみ」と指弾された弘瀬は、公の場で説明することなく04年に64歳で死去。闘犬センターも17年に破産・閉店し、桂浜の一つの時代がそこで終わった。

 ただ―。本紙は破産騒動のさなか、1本のビデオテープにたどりついた。そこに映っていたのは半裸で寝そべる弘瀬。不出頭を決め込んだ百条委の尋問の直前、01年3月に撮影されたものだ。

 「県から暴力団対策を頼まれてきた」「県の裏方としてさまざまな案件を処理した」。そう言い募る弘瀬が特に強調していたのが、桂浜にかつてあった「貝類博物館」を巡るトラブルだった。

 弘瀬はビデオとともに、いくつかの怪しげな“物証”を残していた。中でも目を引いたのが、「宮澤喜一」と刻まれた印鑑の納品書。1992年に貝類博物館の運営法人が作ったとみられる。

 時の首相の名が刻まれた印鑑―。その周辺には、これまで触れられてこなかった桂浜の裏面史があった。

 =敬称略(報道部・芝野祐輔)

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