2016.06.19 08:40

奇跡の笑顔 全盲・重複障害を生きる(21)やっぱり高知で生きていく

音十愛ちゃんは盲学校の遠足で60歩余りも歩き、担任の先生(後ろ)を驚かせた(2016年3月4日、高知県立のいち動物公園=母撮影)
音十愛ちゃんは盲学校の遠足で60歩余りも歩き、担任の先生(後ろ)を驚かせた(2016年3月4日、高知県立のいち動物公園=母撮影)
■運命の神様を探して■
 幾多の試練を乗り越えて娘の「笑顔」を手に入れた山崎理恵さん(49)=高知市。2016年正月、新たな奇跡が起きた。音十愛ちゃんが独りで歩いたのだ。畳の上で最初は3歩。「おいでっー!て呼んだらタッタッタって。もう、感動でした!」と理恵さん。

 9年前、土佐希望の家(南国市)を訪ねた時、医師から「この子は独歩の能力が乏しい。左足首上部の切断による義足が必要になるかも」と言われただけに感極まったという。

 いろんな人々に救われ続けた11年間。3歳の時、発声は単語をおうむ返しで1語分だったのが、今は「○○さん、××、お願いします」と3語分に。つたないながらも希望を伝える。トイレの後は自分で手を洗うことも覚えた。食事はまだ全介助、オムツも外す訓練中だが、成長は着実だ。

 「子供って絶対、発達があるんですよね。どんなに障害が重くてもあきらめずに願い続けたら、道を示してくれる人と出会えたんです」と理恵さん。中でも恩を強く感じているのは、希望の家の言語聴覚士、谷本愛裕美(あゆみ)さん(33)だ。3歳9カ月から関わり、今も週1回の摂食訓練を続けている。

 谷本さんは振り返る。「闘いでしたね。最初は口から全く食べられなかったんです。『今日もだめだった』の繰り返し。口腔(こうくう)内の過敏だけでは説明がつかないほど嫌がってたんですよ」

 途中から無理に食べさせるのをやめ、トランポリンなどで遊びながら人間関係を築くと道が開けた。ペースト状で小学1年生時には150グラム。今では400グラム。硬いせんべいも少しだが口にする。これも奇跡だ。

 理恵さんは、「口から食事ができると生活がすごく広がるんです。盲学校へ転校できたのもそのおかげ。よくあきらめずに土台をつくっていただいた」と感謝する。
    ◇  ◇
 理恵さんには今、課題が二つある。一つは音十愛ちゃんの盲学校・寄宿舎入りだ。食事と歩行ができれば、あとは脱「胃ろう」だ。「学校に通えるうちに少しでも社会性を付けてやりたいんです。それには寄宿舎生活は大きいんです。胃ろうが早く外せるよう絶対、頑張りたい」と夢を膨らませるが、学校に確認すると、必ずしも入れるわけでもないらしい。

 もう一つは自分の仕事だ。3月末で大学病院の研究助手を辞め現在、就活中なのだ。辞めた理由はこうなる。

 心労で寝込むという大ピンチを乗り越えた2015年秋、勤務先で新プロジェクトが始まることを知らされた。理恵さんは困った。

 「離婚もしたでしょ。家族3人、高松で一から出直そうかと迷っていたんです。でも、母は心臓が悪い。帰ったら負担になるだろうし。自分の中で半年先が描けなかったんです」

 職場に迷惑をかけてはいけないと思い、秋の時点で退職の意思を伝えていた。そこへ2015年12月、この取材の打診が入った。

 「迷いましたねえ。過去の苦痛を思い出すのは怖かったですから。でも、ここで人生を総括すれば、進むべき方向が見つかるかもしれない。運命を探してみようかってなったんです」

 そして、振り返って気が付いた。「高知ですごいお世話になってたんですねえ。その方々にここで背を向けるなんて申し訳ない。やっぱり、高知は捨てられんって。また出直し、考えただけでも恐ろしい話ですよね」

 理恵さんは退職した後、就活しながら娘の資料探しに力を入れてくれた。だが、生活費も限界寸前だ。「私、お尻に火が付いてるんです、あはは。真剣に仕事を探さないとね」

 看護師資格があるから何とかなるだろうが、取材で貴重な時間を奪い、迷惑をかけた側面はある。責任を感じてしまうのだが、理恵さんはきっぱり言った。

 「私、分かってるんですよ。なるようにしかならんって。音十愛という子を授かった時点から、人生何が起こるか分からない、の連続だったもの。うん、運命の神様はきっといる。そう思いません?」

 (編集委員・掛水雅彦)
  =第2部おわり
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 「奇跡の笑顔」は6月24日付の高知新聞朝刊「方丈の記」でも続報します。

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