2024.02.02 07:00
記憶携え、自分を守って 能登半島地震・佐藤厚志さん
作家の佐藤厚志さん
自分が東日本大震災で被災した時には、しばらく何が起きたのか分からず、とても不安でした。当時は書店員だったので、まずはお店を復旧させなければと思い、電気も水道も通らない中、川へ水をくみに行ったことを覚えています。手を動かすことで、気が紛れる部分がありました。
地震の発生は避けられないとはいえ、起きてから初めて人は現実に直面します。慣れ親しんだ風景が、暴力的に奪い去られてしまうのはとてもつらいことです。激しい変化の中でも日常を守るためには、大切に思っている記憶を携えていくことしかないように思います。
ポジティブな気持ちを持つのは難しいですが、思い詰めないためにも、思ったことや感じたことをできるだけ言葉にするのがいいかもしれません。近しい人と話したり、一人で書いてみたり。
大きな厄災が起きると、無力さを痛感します。それでも小説にしかできないことがあるはずと思っています。私が執筆を始めたのも、自分が一番どうしようもない時に癒やしになった経験があったからでした。
小説はフィクションですが、痛みや感じたことをきちんと書くように気を付けています。震災を題材にすると「ちゃんと作品に残してくれてうれしい」という感想をもらう一方、「震災の話だから読みたくない」という声は今なお届きます。
心にふたをして行き詰まってしまうこともあると思います。小説は、そういう感情も受け入れたいと思って書いています。(作家)
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さとう・あつし 1982年仙台市生まれ。昨年、東日本大震災の被災地を舞台にした小説「荒地の家族」で芥川賞を受賞。