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2023.05.25 00:04

【K+】vol.197(2023年5月25日発行)

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K+ vol.197 
2023年5月25日(木) 発行

CONTENTS
・はじまりエッセイ letter199 中西なちお
・K+インタビュー 話をしてもいいですか vol.199 あきやまひろみ
・特集 和紙を思う|土佐和紙 井上手漉き工房 井上 みどり
・なにげない高知の日常 高知百景
・フランス生まれの土佐人便り BONCOIN IN PARIS✉43
・高知を元気に! うまいもの熱伝 volume.71|ゼンマイ@土佐町
・小島喜和 心ふるえる土佐の日々 第四十四回/+BOOK REVIEW
・Information
・シンディー・ポーの迷宮星占術/今月のプレゼント

河上展儀=表紙写真

→紙面ビューアで見る

特集
和紙を思う
土佐和紙 井上手漉き工房
井上 みどり


いとうまいこ=取材 河上展儀=写真


脈々と受け継がれてきた土佐の手すき和紙。
新しい継承の形を模索する、4代目の奮闘記。




土佐和紙を後世へ

 土佐和紙は千年にわたりこの地に受け継がれてきた伝統工芸品です。清らかな水と原料の楮(こうぞ)に恵まれた高知県の和紙は、日本三大和紙として質の高さが知られてきました。しかし近年は後継者不足、原材料不足、さらには需要の低迷など課題が山積。このまま放置していたら、土佐和紙の文化・技術は廃れてしまうかもしれません。
 継承の危機に直面する今、会社員から和紙職人に転職し、土佐和紙を後世に残したいと奔走する女性がいます。明治時代から続く「井上手漉き工房」の4代目・井上みどりさんがその人です。
 工房はみどりさんの嫁ぎ先。義父の稔夫さんは重要文化財の補修紙を制作する選定保存技術保持者であり、義父母が工房を切り盛りしていました。しかし19年前、義父が突然他界します。ただ家業を畳むことはなく、10年ほどは義母の登美子さんが一人ほそぼそと続け、その後はみどりさんと夫も会社員の傍ら、事務作業を手伝っていました。
 みどりさんに転機が訪れたのはその頃。ある日ふと、窓際で義父がかつてすいた一枚を手にします。その瞬間「なんて美しいんだ」と体に電気が走りました。この感動がみどりさんを動かします。「これだけ近くにいたのに、和紙の素晴らしさに気付かなかった。私も和紙をすきたい。工房を残したい」。周囲の反対を説得し、2017(平成29)年、27年間勤めた会社を退職。手すき和紙の道に進むことを決めたのです。




京都の表具師がプレゼントしてくれたというびょうぶ。義父のすいた和紙が使われている

京都の表具師がプレゼントしてくれたというびょうぶ。義父のすいた和紙が使われている



ものづくりの原点に


 人生を一転させた義父の手すき和紙。転職の理由はそれだけではありません。長年勤めた製紙会社は最先端の電子部品を開発しており、原点は土佐和紙にありました。特許関係の仕事に従事していたみどりさんは新製品の開発を身近に感じながら、「ものづくりってどういうことなんだろう」と考えます。そして「ものづくりに自分で一から携わりたい。土佐和紙のことをもっと知りたい」と思うようになったのです。
 覚悟を決めたみどりさんでしたが、その直後、遠方に住む家族の介助が必要となり、土佐市を離れます。しかし諦めることはありませんでした。事態が落ち着いた19(令和元)年、土佐市に戻り義母の下で研修をスタート。技術を習いますが、やればやるほど現実の厳しさをひしひしと感じる日々が続きます。「今の自分では、義父や義母のような和紙をすくことは全くできない」。光が見えない感じだったと当時のことを振り返ります。




義父が残したノート。和紙作りの心が書かれている

義父が残したノート。和紙作りの心が書かれている




コロナ禍に自分を見つめて

 技術を習得しなければと必死にあがいていたその頃、みどりさんは90代の美濃和紙職人に出会います。彼から聞いたのが「わしはまだまだ未熟じゃ」という言葉でした。「ほんの1年2年やって技術を習得したいなんて、おごりだと気付きました」。“これでよし”は永遠にない。技術はこの先も突き詰めていくもの。考えなければいけないのは、和紙とどう向き合っていくかなのだと悟ります。今自分ができることは何か。行き着いたのは、和紙業界を俯瞰(ふかん)して分かった、後継者不足・関心の低迷といった課題でした。
 「まずはより多くの人に和紙の存在を知ってもらおう」。そこで、研修と並行して紙すきのワークショップを始めます。さまざまなイベントも計画しますが、ここでまた障害が。それが新型コロナウイルスでした。それでも彼女はめげません。やれることはあるはずと、ただひたすら和紙作りに没頭。機械が和紙をすく時代、人がすくとはどういうことか、自分を見つめる時間が過ぎていきました。




工房を代表する商品の一つ、柿渋紙。手すき和紙に柿渋を一枚一枚手塗りする。時がたつごとに色合いが変わり、味わい深い

工房を代表する商品の一つ、柿渋紙。手すき和紙に柿渋を一枚一枚手塗りする。時がたつごとに色合いが変わり、味わい深い



プロフィール

井上みどりさん
土佐手すき和紙に魅せられ、長く勤めた会社を退職。義母の下で修業を積み、嫁ぎ先の工房を継ぐ。室戸市出身。55歳

井上登美子さん
3代目・稔夫さんの妻。和紙工房に生まれ、和紙工房に嫁いだ、まさに和紙と共に生きる人。いの町出身。78歳


和紙は心ですくもの

 自分を見つめる日々はとても楽しかったとみどりさんは話します。新しい素材で何かできないか、生姜の繊維などありとあらゆる植物を使った和紙作りにも挑戦しました。
 実はみどりさんには心に留めていた言葉がありました。それは亡き義父のノートに記された「和紙は心ですく」という一言。この道に入った頃からどういう意味か考えていましたが、小手先の技術を追い求めるのではなく、ただ素材と、四季と向き合い、手を動かしていくことがその言葉につながっていると気付きます。そしてどうしてこんなに和紙に引かれるんだろう、和紙を通して何を伝えたいんだろうと考えた時、答えはおのずと見えていました。「手すき和紙は植物繊維ときれいな水の恵みを頂くものづくり。自然からの贈り物である和紙の魅力をもっと伝えていきたい」。“心ですく”和紙への思いがますます強くなっていったのです。



こちらのびょうぶも表具師から贈呈されたもの。義父の柿渋紙と藍染めの和紙で和傘があしらわれている

こちらのびょうぶも表具師から贈呈されたもの。義父の柿渋紙と藍染めの和紙で和傘があしらわれている


桜の樹枝や菜の花を使い、春の草木染にも取り組む

桜の樹枝や菜の花を使い、春の草木染にも取り組む




原料である楮を釜で煮て取り出す。夫の裕之さんも休日に家業を手伝う

原料である楮を釜で煮て取り出す。夫の裕之さんも休日に家業を手伝う



関心から興味へ、志へ

 土佐和紙のファンを増やすために、みどりさんはワークショップを各地で開催し、魅力を伝えています。また工房での体験を受け入れ、今後は宿泊型の体験も計画しています。ここで意識しているのは、記憶に残る体験をしてもらうこと。循環するものづくりであること、原料となる楮のわずか4%で作られることなど、和紙の背景、ストーリーを伝え、作って終わりではない時間にしています。
 体験の先には、後継者不足の解消を見据えています。和紙への関心が興味へ、さらにすいてみたいという志へ変わるような新しい継承の形を模索中。また土佐和紙ならではの職人の在り方についても思いを巡らせています。というのも土佐和紙には約300もの種類があり、職人それぞれの個性が際立っています。「たくさんの道が開かれていて、すごく可能性があるんです。それを伝える仕組みをつくっていきたい」。彼女の熱い思いが、土佐和紙の未来に希望の光をともします。



先々代が作った、趣ある客間。こちらでは土佐和紙のランプシェード作りのワークショップを随時開催している

先々代が作った、趣ある客間。こちらでは土佐和紙のランプシェード作りのワークショップを随時開催している




◎土佐和紙 井上手漉き工房
土佐市高岡町乙2776
問/088-852-0207

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