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2022.10.25 08:30

ロシアへ行こう! シン・マキノ伝【22】=第2部= 田中純子(牧野記念庭園学芸員)

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マキシモヴィッチの写真(牧野富太郎旧蔵) (個人蔵)

マキシモヴィッチの写真(牧野富太郎旧蔵) (個人蔵)

 矢田部の自分に対する処置に失望し悲憤した牧野富太郎は、ロシアの植物学者マキシモヴィッチ(1827~1891年)を訪ねようとロシアに行く決心をする。牧野は、マキシモヴィッチにそれまで多くの標本を送り、学名などを教えてもらっていた。マキシモヴィッチはそれらの標本に珍しいものがあると言って歓迎し、自分の著書などを送ってきた。そこで、牧野は標品をすべて持って、マキシモヴィッチを助けに行こうとしたのであった。そのため仲介役を頼むべく神田駿河台の主教を訪れ、主教は快諾し手紙を送ってくれた。しかしながら、マキシモヴィッチは流行性感冒に侵され、牧野が来ることを喜んだが、間もなくして死去したという返事が来たのである。こうしてロシア行の計画は頓挫してしまった。その時につづった「所感」が自叙伝に掲載される。また、「植物研究雑誌」(第5巻第11号、1928年)の口絵にもマキシモヴィッチの写真とその下に「書感」というタイトルで同じ漢詩が載る。

 さて、牧野富太郎と敬愛するマキシモヴィッチの交流については、高知県立牧野植物園発行の展覧会図録『牧野富太郎とマキシモヴィッチ―近代日本植物分類学の夜明け―』(2000年)に…

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