2025.12.15 09:16
【全文公開】『釣りという幸せ 高知のアングラー・リレーエッセー』(130) ニロギ 浦戸の釣り師の原風景 弘瀬伸洋(理髪店「床屋」店主=高知市瀬戸1丁目)
店に散髪にきた男性から、昔の浦戸湾の話を聞いたことがある。幼少に戦争の記憶を持つ、おそらく80代。
「昔は遊びがなかったろぅ。ほんじゃき、秋になったらみなニロギ釣りをしたがよ。多いときは船が300隻ほど出てのぉ」
貸船店が何軒もあり、釣り餌や食べ物などを船で売りに来る水上の“出店”まであったそうだ。
「ケーキも売りよって、子どもは親にせがんで買うてもろうた。ケーキと言ってもアイスキャンデーのようなもの。冷たくてうまかったにゃぁ…」
ニロギ釣りは、まさに秋の風物詩。大切な娯楽で、浦戸湾育ちの釣り人はニロギから釣り人生が始まるものだったという。
先日、小学生の息子と浦戸湾に出た。わが家の恒例行事だ。
満潮を過ぎた、午前9時ごろを狙う。「ほほう、ニロギをなめてないねゃ」と釣具店の店主。たかがニロギと侮ることなかれ。潮が動く時間を狙わないと、痛い目にあう。
高知市横浜の灘漁港近くの玉島周辺は、大正時代からのニロギのポイント。風もなく、抜けるような秋晴れの空が広がっていた。
ボートをいかりで固定し、さびき仕掛けとまき餌で誘う。この作業を繰り返すと、竿(さお)先が小刻みに揺れ始め、ニロギが鈴なりで上がってきた。
餌には赤アミを使うが、コノシロを避けてニロギだけ掛けたい私は針に砂虫を付ける。
ぬめりのある魚を押さえ、仕掛けを絡ませないように針を外す―。子どもにとって、良い練習になる。
釣ったら食す。

秋の味。浦戸湾産ニロギの煮付け
しょうゆと酒で煮付けると、上品な白身が引き立つ。地元の風土に根差した食材をいただく喜びが、味をぐんと高めてくれる。実にうまい。5~7センチの小魚で、身をほじって食べるには少々手間が掛かるが、息子も次々に平らげていく。子どもは、自分で釣ったらよく食べるのだ。
いま、ニロギ狙いの船は少ない。にぎわう浦戸湾は、年配者の記憶の風景だ。それでもやはり、この釣りには独特の味わいがある。浦戸湾の秋が深まっていく。

弘瀬伸洋




















