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2025.08.19 08:55

かつてここには軍用飛行場があった 戦争末期、四万十川中流域に建設された背景は?「消失」した遺跡が伝える80年前の「米どころ」

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戦争末期、内陸のこの水田地帯に軍用飛行場があった。上空から南方向を望むと、今の水路沿いに滑走路が延びていた様子がうかがえる。奥の山並みを越えるとすぐ太平洋(写真はいずれも四万十町宮内)

戦争末期、内陸のこの水田地帯に軍用飛行場があった。上空から南方向を望むと、今の水路沿いに滑走路が延びていた様子がうかがえる。奥の山並みを越えるとすぐ太平洋(写真はいずれも四万十町宮内)


 四万十町・宮内地区は、四万十川の中流域に開けた水田地帯。80年前の夏、ここに突如として軍用飛行場が出現した。上空120メートルからドローンで撮影すると、水田の区画から当時の滑走路の輪郭をしのぶことができる。

 太平洋戦争末期に海軍が急きょ建設を決めた「高知第3飛行場」(宮内飛行場)。写真(上)手前から奥に向かって延長約1200メートル、幅約150メートルの滑走路が敷かれた。操縦かんを握った兵は、ほぼ同じ視点から一帯を見渡したはずだ。

 水田を埋め立てる突貫工事は、…

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