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2026.05.08 08:55

【動画】あんに包んだ郷愁 蒸しギョーザ「ブーズ」 モンゴル→フランス―多文化 味なリレー(14)

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《作ってくれた人》バスカさん(南国市)

 高知で暮らしている、世界各地からやって来た人たちに、古里の思い出の料理を作ってもらう「味なリレー」。今回は肉汁たっぷり、モンゴルの蒸しギョーザ「ブーズ」です--。

モンゴルの伝統衣装を着て、ブーズと首都サラダを手にするバスカさん(いずれも南国市の三和防災コミュニティーセンター)

モンゴルの伝統衣装を着て、ブーズと首都サラダを手にするバスカさん(いずれも南国市の三和防災コミュニティーセンター)


 トントンとリズミカルに包丁を振るうのは、ムーミン柄エプロンのトゴーチ・ツォグゾルマ・バーサンドルジさん(50)=南国市=だ。長い名前の代わりに「バスカさん」の愛称で周囲に親しまれている。

 この日は妻のバヤサーさん(47)、息子2人と参加した。一家は昨秋ウランバートルから高知へ来たばかりで、両親はまだ日本語ができないが、子どもたちは流ちょうに話せる。

一緒に下ごしらえする妻のバヤサーさん、三男のナスカさん、次男のエンカさん、バスカさん=左から順

一緒に下ごしらえする妻のバヤサーさん、三男のナスカさん、次男のエンカさん、バスカさん=左から順


 「オーイ、エンカ~」とバスカさんがふいに顔を上げた。意味が日本語の「おーい」によく似たモンゴル語でそばに呼ばれたのは、中学3年生の息子エンカさん(14)と、弟で中1のナスカさん(12)。2人は「パパは塩がないよって言ってます」「忘れちゃったって」と口々に訳してくれる。大急ぎで調達に向かうべく、どたばたしていると、母のバヤサーさんがバッグの底にある塩を見つけて高々と掲げた。「おおー!」「オイオーイ」。日本語かモンゴル語か分からない歓声と笑いが、どっと起きた。

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 バスカさんは1976年4月、ロシア国境に近いザブハン県テルメンで生まれた。冬は氷点下45度にもなる土地で、家は伝統的な遊牧民のゲル(木と羊毛フェルトによる、円形の組み立て住宅)だった。

 「中に入ると、一番奥に大切な物を入れるたんすがあり、その前に小さな机があって食事や勉強をする。円に沿ってベッドが並び、右手にキッチンがあった」。8人きょうだいの7番目。幼い頃は真ん中で川の字になって寝ていたという。

 5、6歳になると、毎日約2キロ先の川へ、水をくみに行った。成長につれて容器は大きくなっていった。10月になると川は凍って危険なため、大人だけが氷を切り出しに向かい、牛車で運んで溶かして使った。

 「お風呂は毎週日曜、カーテンで囲った湯船に入る。きょうだいが多いから、朝から丸一日かかります。お湯は何回も温めて入れるから大変。夏は川で水浴びします」。まき割りも子どもたちの仕事だった。

 冬は周囲2キロにゲルが多数集まって約2千人が暮らしている地区で過ごす。夏になると、それぞれに川の近くなどへ移動。寒くなると元のゲル地区へ戻った。ゲルの分解と組み立ては20~30分でできたという。一家は牛を15~20頭、羊を100匹ほど飼い、冬の間は牛1頭や羊6匹などを食用に回して賄ったそうだ。

 バスカさんたちを育てた母は学校の図書室や寮の先生として働き、とても優しかった。小さな電球が一つだけともる時間、子どもたちに本を読んで聴かせてくれた。だからバスカさんは今も本を読むのが好きだ。

 やがて姉や兄たちは順番に外へ出ていった。バスカさんも約50キロ離れた高校に進み、大きな街の高専へ。その後はプロのドライバーとして働き、森林学研究者のバヤサーさんと結婚。妻の日本留学に家族で同行し、短期間、栃木で暮らしたことで、エンカさん、ナスカさん兄弟が日本語に親しむことにつながった。

 モンゴルのゲルは1990年ごろから少しずつ戸建てなどに変わっているという。一家も昨秋、妻が高知大大学院に留学したのに合わせて来高するまでは、ウランバートルのマンションで暮らしていた。

 水くみなどゲルの生活は楽ではなかったが、バスカさんは今もいとおしそうに懐かしむ。父の語りを訳しながら、エンカさんは「僕も初めて聴くパパの話です。うれしい」と言う。

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 よくこねて、ねかせた生地は、もちもちしている。バスカさんは息子たちに手ほどきしながら、丸く延ばし、あんを包む。

息子たちに手ほどきするバスカさん=右

息子たちに手ほどきするバスカさん=右


 ゲストのフランス出身のギヨンさん親子も加わった。パン職人のギヨンさんはさすがの腕前。キッチンはにぎやかになった。

バスカさん=左=と、ゲストでフランス出身のギヨンさん

バスカさん=左=と、ゲストでフランス出身のギヨンさん


パン職人のギヨンさん=右から2人目=も参加

パン職人のギヨンさん=右から2人目=も参加


 モンゴルは祭りの日、若い家族で500個、年配の人の家になると2千~3千個作るという。親戚や友人がたくさん集まるためで「全員で一緒におしゃべりしながら作る、それがとっても楽しい」と弟のナスカさん。それにしても3千個だなんて1人当たりどれぐらい食べるのだろう? 兄のエンカさんは「人によります。ママは3個ぐらい食べて、ナスカ君が20個食べる感じ」と笑わせた。

厚い皮がもちもちしているブーズ

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首都サラダ。貴重な野菜をマヨネーズであえ、洗練された食べ物としての意味がある名前だそう

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 ブーズにコインを交ぜ、取った人には良いことがある縁起物だそうだ。「僕も取ったよ」とナスカさん。高知に来てからのことで「神戸にいる22歳のお兄ちゃんも一緒に当てたんだ」とうれしそうに話す。

 はるばる高知へやって来た一家。きっとたくさん良いことがあるに違いない。(天野弘幹)

首都サラダとブーズ、モンゴルで定番のミルクティー

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《レシピ》

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