2023.07.18 08:28
勤務医、ヘリで郡部へ搬送 高知県 大災害時に大胆計画 医師の居住地偏在が背景 前線強化、実現は未知数―高知地震新聞
県内のドクターヘリ。郡部に勤務する医師の搬送にも使われる可能性がある(写真はいずれも高知市の高知医療センター)
南海トラフ地震で想定される県内負傷者は最大3万6千人。道路が寸断されれば、負傷者を地域外に運ぶことも、外部からの支援を受けることも難しい。このため発災当初は、被災地のそばで医療態勢をどう構築するかが鍵となる。
これまで、おおむね市町村ごとに医療・福祉、役場職員らの行動計画を定め、病院の耐震化などを進めてきたが、課題が一つ。その「前線」で働く医師だ。「そもそも集まれるのか?」という前提が横たわる。
日曜は5割減
県の2016年度の調査によれば、医師の偏在ぶりは明らかだ。
県中央部(高知市、南国市、いの町)を除く42カ所の災害拠点病院と救護病院の常勤医師にアンケートしたところ、計263人が回答。平日夜はその3割の81人、日曜は5割の128人が県中央部に滞在していた=図参照。例えば、安芸圏域では日曜になると医師の71%が高知市周辺に戻る。
県立あき総合病院(安芸市)は常勤医師44人の半数以上が県中央部から通う。宿舎はあるものの、担当者は「医師がどこに住むかは個人の事情。いつ来るか分からない地震のために強制はできない」と言う。
週末ごとに郡部の医師はぐんと減る。一方で、災害は曜日に関係なく襲ってくる。この状況で前方展開を実現する一手が「医師のヘリ搬送」というわけだ。
計画では発災後、中央部の医師が勤務先に自力で行けるかどうかを報告。難しい場合は、病院が市町村などを通じて県に搬送を要請する。医師は春野総合運動公園など3カ所設ける参集拠点に行き、「発災後24時間以内」に勤務先近くのヘリポートに送ってもらう。
陸路遮断時にヘリを重症者の搬送に使うことはよくあるが、医師を勤務先の病院に運ぶ計画は全国でも例がないという。
全国の災害現場で活動してきた、近森病院救命救急センター(高知市)の井原則之・救急部長は計画の意義をこう語る。
「高知は地形や人口規模から、県外からの支援がすぐには期待できない。今いる医療関係者をいかに土俵に上げるかが重要。病院や患者の内情を知る勤務医の搬送は欠かせない」
ただ、県のヘリは県警と消防、ドクターヘリのわずか4機。自衛隊などから20機ほどの応援が来ると見込むが、救助や負傷者の搬送が優先される中、医師を運ぶ余地があるかどうかは未知数だ。医師が参集場所まで自力でたどり着けるかという懸念も残る。
県は「負傷者を迎えに行く際に医師を運ぶなど臨機応変な対応が求められる」とし、近く搬送候補の医師のリストアップに着手する。
「机上の空論」でも
災害現場での初期動作を学ぶ医療従事者ら
6月中旬、高知市池の高知医療センターで「高知DMAT」を養成するための研修が行われた。
大災害を想定し、負傷者が担架で次々と運び込まれる中、医師や看護師はトリアージを訓練。頭からつま先まで細かく触って状態を確認し、治療の優先度を振り分けていった。
参加した近森病院の看護師、岩戸優樹さん(32)は「今日のメンバーから被災地に派遣される可能性がある。いざという時に動ける準備をしておきたい」と気を引き締めた。
こうした有志たちも、災害時は勤務病院での活動を優先せざるを得ず、人員をどの程度派遣できるかは見通せない。もとより災害には不確実な要素が多い。ヘリ搬送計画には、一部の医療関係者から「机上の空論」との冷めた声も漏れる。
「それでも、です」
高知DMAT協議会会長で、研修会の講師も務めた高知大学医学部の西山謹吾特任教授は強調する。
「計画がなければ、いざという時に動けない。各地域に院長や勤務医がいないと外からの支援も生かせないでしょう。搬送計画の周知と訓練、ヘリ運用のための関係機関との事前協議を重ねて、いかに実現性を高めておくかが重要です」(田代雄人、新妻亮太)