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2021.07.11 08:25

室戸・佐喜浜八幡宮の弁才船模型は江戸期の作 修復を機に専門家推定

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佐喜浜八幡宮に伝わる弁才船の模型。修復作業は最終段階に入った(高知市仁井田)

 室戸市の佐喜浜八幡宮で神事に使われる船の模型(木製、全長3メートル)が、江戸後期の製作とみられることが分かった。模型は「弁才(べざい)船」と呼ばれた当時の大型帆船を正確に縮小・再現している。弁才船は時代とともに、少しずつ船体構造が改良された。模型にもその船形変化が反映されており、そこから専門家が製作年代を推定した。

◆神事で使用
 世相を笑い飛ばす俄(にわか)で知られる佐喜浜八幡宮。毎年秋の大祭で、「お船」と呼ばれるこの模型がだんじりに載せられ港を出発。神前に到着して神事が始まる。

実物大で復元された唯一の弁才船「浪華(なにわ)丸」。1999年、大阪湾を帆走する雄姿(「なにわの海の時空館」図録より)

 同八幡宮・古式行事保存会の油田徹男会長(76)によると、お船の由来に関する記録や言い伝えはない。歳月を経て破損が進み、「土佐和船友の会」(高知市)に修復を依頼した。

 「友の会」代表の芝藤敏彦さん(68)は、東京大学で造船を専攻。同市で眼鏡店を経営する傍ら、風前のともしびの和船文化を残そうと10年前、同会を設立した。

 佐喜浜の模型は主要な板の厚みが1・3センチ、重さ約60キロ。芝藤さんは「実物は全長30メートルで、それをちょうど10分の1で再現したとみられる」「実際の船を建造した船大工でなければ、ここまで精巧な模型は作れないのではないか」と推測する。

◆解体寸前
 模型は全ての鉄くぎが腐食し、膨張。それに伴い周辺の木材が割れるなど、全体的に解体寸前だった。

佐喜浜八幡宮大祭でだんじりに載せられた「お船」。民俗写真家の故・田辺寿男さんが1981年に撮影した(県立歴史民俗資料館提供)

 芝藤さんによると和船の工法は、厚みのある板を曲げ、組み合わせる点が特徴的。同じ要領で作られたこの模型も、曲げられた板が元に戻ろうとする力が残っている。「だから和船の作り方を知らなければ、この模型は直しようがない」(芝藤さん)

 模型は高知市内の同会工房に搬入。メンバー3人が多数の突っ張り棒を使いながら、模型が実際に組み立てられた順番通りに「押しつけては固定」を繰り返した。そうして、隙間やずれを一つずつ直した結果、模型は本来の流麗な姿を取り戻し、修復は最終段階を迎えた。

 同会は修復をめぐって、県外の複数の専門家と情報交換。その一人が「日本海事史学会」理事の小嶋良一さん(72)=大阪府=だった。

◆絶えず改良
 現存する弁才船は皆無。しかし精巧な模型は金刀比羅宮(香川県琴平町)など各地に残っている。

 小嶋さんはその中で製造年が判明している18隻の船形が、時代とともに遂げた微妙な変化に着目。船首・船尾の反り、船底の傾斜などが、一定の法則に従って変わっていったことを確認した。いずれも船の積載能力や安定性を高めるための改善だった。

 それらを基に小嶋さんが佐喜浜の模型を分析した結果、「1818~35年ごろ(文政~天保年間)の製作」と推定される結果が出た。

 大型で帆走性能に優れた弁才船は、江戸期の物流と経済発展をダイナミックに支えた。芝藤さんは「弁才船は和船の最高峰。この模型から、日本の造船技術の到達点をうかがえる。大切に守り伝えてきた佐喜浜の人々に敬意を表したい」としている。(福田仁)

高知のニュース 室戸市

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