2021.07.11 08:25
室戸・佐喜浜八幡宮の弁才船模型は江戸期の作 修復を機に専門家推定
◆神事で使用
世相を笑い飛ばす俄(にわか)で知られる佐喜浜八幡宮。毎年秋の大祭で、「お船」と呼ばれるこの模型がだんじりに載せられ港を出発。神前に到着して神事が始まる。
「友の会」代表の芝藤敏彦さん(68)は、東京大学で造船を専攻。同市で眼鏡店を経営する傍ら、風前のともしびの和船文化を残そうと10年前、同会を設立した。
佐喜浜の模型は主要な板の厚みが1・3センチ、重さ約60キロ。芝藤さんは「実物は全長30メートルで、それをちょうど10分の1で再現したとみられる」「実際の船を建造した船大工でなければ、ここまで精巧な模型は作れないのではないか」と推測する。
◆解体寸前
模型は全ての鉄くぎが腐食し、膨張。それに伴い周辺の木材が割れるなど、全体的に解体寸前だった。
模型は高知市内の同会工房に搬入。メンバー3人が多数の突っ張り棒を使いながら、模型が実際に組み立てられた順番通りに「押しつけては固定」を繰り返した。そうして、隙間やずれを一つずつ直した結果、模型は本来の流麗な姿を取り戻し、修復は最終段階を迎えた。
同会は修復をめぐって、県外の複数の専門家と情報交換。その一人が「日本海事史学会」理事の小嶋良一さん(72)=大阪府=だった。
◆絶えず改良
現存する弁才船は皆無。しかし精巧な模型は金刀比羅宮(香川県琴平町)など各地に残っている。
小嶋さんはその中で製造年が判明している18隻の船形が、時代とともに遂げた微妙な変化に着目。船首・船尾の反り、船底の傾斜などが、一定の法則に従って変わっていったことを確認した。いずれも船の積載能力や安定性を高めるための改善だった。
それらを基に小嶋さんが佐喜浜の模型を分析した結果、「1818~35年ごろ(文政~天保年間)の製作」と推定される結果が出た。
大型で帆走性能に優れた弁才船は、江戸期の物流と経済発展をダイナミックに支えた。芝藤さんは「弁才船は和船の最高峰。この模型から、日本の造船技術の到達点をうかがえる。大切に守り伝えてきた佐喜浜の人々に敬意を表したい」としている。(福田仁)