美しき座標 平民社を巡る人々
幸徳秋水(幡多郡中村町出身)らが日露戦争反対を貫くため、自由、平等、博愛を掲げる平民新聞を創刊したのは1903年秋。彼らの息づかいを感じる連載。
199記事
美しき座標 平民社を巡る人々
幸徳秋水(幡多郡中村町出身)らが日露戦争反対を貫くため、自由、平等、博愛を掲げる平民新聞を創刊したのは1903年秋。彼らの息づかいを感じる連載。
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美しき座標 平民社を巡る人々 第1部「楽しい園遊会」(10)
何かおみやげでも持って帰りたいと書いて堺利彦は監獄に赴いた(平民新聞第24号『告別の辞』)理想郷で休養します 平民社で上演中、警官の中止命令で騒然となった「火の柱」。 非戦のメッセージを放つこの原作...
美しき座標 平民社を巡る人々 第1部「楽しい園遊会」(11)
創刊1周年記念の園遊会を開く予定だった滝野川(1901年刊『紅葉狩』、国立国会図書館ウェブサイトより)みそ汁はドブの味 堺利彦の獄中生活は次のようなものだった。 〈まず玄関のような一室で素っ裸にせられ...
美しき座標 平民社を巡る人々 第1部「楽しい園遊会」(12=終)
後列左2人目が堺利彦、4人目が斎藤兼次郎、前列右端が石川三四郎(1905年、平民社)物まね名人 兼次郎 日露戦争を始めた時の首相は桂太郎だった。1885年に初代の伊藤博文が就任して以来11代目の首相で...
喫水線 美しい光のかけら 高知新聞社学芸部長・天野弘幹
幸徳秋水(幡多郡中村町出身)らが日露戦争反対を貫くため、自由、平等、博愛を掲げる平民新聞を創刊したのは1903年秋。発行所の平民社にはさまざまな人が集まり、明るい陽春の雰囲気だったと同志の石川三四郎...
美しき座標(特集2)万朝報で描いた未来図 黒岩涙香ら1901年理想団設立
「万朝報」3千号の記念写真。前列中央で膝に両拳を置いたちょうネクタイの人物が黒岩涙香。その左隣が内村鑑三。2人の後方4列目で斜めを向いているのが幸徳秋水(1902年1月) 人には、人を殺す権利はない。...
美しき座標 平民社を巡る人々 第2部「自転車で行こうよ」(1)
1899年、内外商事週報社刊「自転車乗用速成術」(国立国会図書館ウェブサイトより)地を蹴り回転せしむべし 「自転車乗用速成術」という、1899(明治32)年に刊行された本がある。副題は「一日一時間 三...
美しき座標 平民社を巡る人々 第2部「自転車で行こうよ」(2)
1907(明治40)年ごろの自転車店(自転車文化センター提供)道で会ったら抜きっこ 「万朝報(よろずちょうほう)」の紙面に、「自転車界」という新しいコーナーができたのは、1901(明治34)年8月27...
美しき座標 平民社を巡る人々 第2部「自転車で行こうよ」(3)
こんな乗り方ある?(1899年刊『自転車乗用速成術』、国立国会図書館ウェブサイトより)サドルの上に立つなり 明治30年代半ば、幸徳秋水(旧幡多郡中村町出身)たちは自転車に乗り始めた。当時の雰囲気を知る...
美しき座標 平民社を巡る人々 第2部「自転車で行こうよ」(4)
明治3年刊「東京日本橋風景」。錦絵に各種の自転車が見える(国立国会図書館ウェブサイトより)自転車、ばかくさし! 自転車の起源を少しさかのぼってみよう。 まず欧州で19世紀前半、足で地面を蹴って進むハン...
美しき座標 平民社を巡る人々 第2部「自転車で行こうよ」(5)
土陽新聞に載った自転車の全面広告(1910年10月12日付)人力車は面汚し? 万朝報(よろずちょうほう)に、幸徳秋水(旧幡多郡中村町出身)が入ったのは1898(明治31)年。その1年遅れで九州出身の堺...
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