美しき座標 平民社を巡る人々
幸徳秋水(幡多郡中村町出身)らが日露戦争反対を貫くため、自由、平等、博愛を掲げる平民新聞を創刊したのは1903年秋。彼らの息づかいを感じる連載。
199記事
美しき座標 平民社を巡る人々
幸徳秋水(幡多郡中村町出身)らが日露戦争反対を貫くため、自由、平等、博愛を掲げる平民新聞を創刊したのは1903年秋。彼らの息づかいを感じる連載。
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苦笑いでぼんやり―美しき座標 平民社を巡る人々 第6部「新しい人よ」(40)
1905年9月6日午後、焼き打ちされた東京・京橋の交番(56年刊、毎日新聞社編『写真 明治大正60年史』より) 1905(明治38)年9月。日露戦争の講和条約に反対する焼き打ち事件の翌朝の様子を、当時...
大いにヤレよ―美しき座標 平民社を巡る人々 第6部「新しい人よ」(41)
後列右から安部磯雄、1人おいて木下尚江、石川三四郎。中列右から4人目が福田英子(1905年12月) 日露戦争直前に非戦を訴えて立ち上がった幸徳秋水たちの平民社は、図らずも戦争終結と同時に活動を終えるこ...
谷中村の女性たち―美しき座標 平民社を巡る人々 第6部「新しい人よ」(42)
中央の白いあごひげの男性が田中正造で、左へ木下尚江、福田英子。正造のそばにしゃがんでいるのが石川三四郎(1910年、東京・日暮里) 日露戦争が終わるとともに、平民社は解散し、仲間たちは分散した。 この...
夜汽車を待つ駅で―美しき座標 平民社を巡る人々 第6部「新しい人よ」(43)
梅田停車場(大阪駅)=1910年刊「浪花名勝」、国立国会図書館ウェブサイトより 家事手伝いを探していた福田英子の元へ、1906(明治39)年12月にやって来たのは16歳の少女、九津見房子だった。英子と...
気のおけぬおばさん―美しき座標 平民社を巡る人々 第6部「新しい人よ」(44)
1907年1月1日付の「世界婦人」創刊号(高知市立自由民権記念館蔵) 家出した16歳の九津見房子と一緒に大阪から夜汽車で上京した山川均は、岡山県倉敷生まれの25歳の青年で、数年前に不敬罪で投獄された経...
女性誌記者は男ばかり―美しき座標 平民社を巡る人々 第6部「新しい人よ」(45)
日刊「平民新聞」を創刊した平民社(1907年1月) 福田英子が1907(明治40)年1月に創刊した「世界婦人」は、女性の政治参加を禁じる治安警察法の改正を主張。紙面で論じるだけでなく、自分たちで国会請...
ふんどしおじさん―美しき座標 平民社を巡る人々 第6部「新しい人よ」(46)
田添幸枝の「力の体現」(1909年5月刊『衛生新報』93号口絵、国立国会図書館所蔵) 元は芝居小屋だったという東京・新富町の平民社社屋。2階の6畳間に、ふんどし一つの裸体の初老男性を描いた油絵「力の体...
お金持ちの自動車―美しき座標 平民社を巡る人々 第6部「新しい人よ」(47)
平民社の薄暗い部屋で堺利彦は一人、油絵「力の体現」と向き合い、しみじみ感傷に浸った。 陰影の濃い初老男性の絵を眺めながら、世間には〈お定まりの花鳥風月〉〈ないしは美人画〉が山ほどあるけれど、この素朴...
パッと燃えて消ゆるより―美しき座標 平民社を巡る人々 第6部「新しい人よ」(48)
平民社の隣にあった新富座(1936年刊『明治大正建築写真聚覧』、国立国会図書館ウェブサイトより) 日刊「平民新聞」の1907(明治40)年4月14日付の最終号に、石川三四郎が創刊から3カ月間の奮闘につ...
世界婦人の消えた夏―美しき座標 平民社を巡る人々 第6部「新しい人よ」(49)
弾圧にめげない姿勢を1面の絵で示した1909年1月5日付「世界婦人」(労働運動史研究会の復刻版) 福田英子の「世界婦人」は1907(明治40)年1月の創刊以来、海外各国の女性たちの参政権運動について伝...
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