美しき座標 平民社を巡る人々
幸徳秋水(幡多郡中村町出身)らが日露戦争反対を貫くため、自由、平等、博愛を掲げる平民新聞を創刊したのは1903年秋。彼らの息づかいを感じる連載。
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美しき座標 平民社を巡る人々
幸徳秋水(幡多郡中村町出身)らが日露戦争反対を貫くため、自由、平等、博愛を掲げる平民新聞を創刊したのは1903年秋。彼らの息づかいを感じる連載。
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ジャーナリスト基金 高知新聞・天野記者ら表彰 都内で贈呈式
第29回平和・協同ジャーナリスト基金賞の贈呈式が16日、東京都千代田区の日本記者クラブ大会議室で行われ、奨励賞を受賞した本紙学芸部長の天野弘幹記者ら8団体・個人に賞状や記念の盾などが贈られた。 式に...
高知新聞連載「美しき座標 平民社を巡る人々」が「平和・協同ジャーナリスト基金賞」奨励賞に
平和や反核、人権擁護の分野で優れた報道をした個人・団体を対象にした「平和・協同ジャーナリスト基金賞」の第29回受賞者が5日発表され、天野弘幹(ひろき)・本紙学芸部長の連載「美しき座標 平民社を巡る人...
幸徳秋水の極小辞書が故郷へ 渡米時購入、親族への土産 子孫が四万十市の顕彰会に託す
四万十市の「幸徳秋水を顕彰する会」に託された極小の仏英辞書(森本敦士撮影) 幸徳秋水(四万十市中村出身)が1905(明治38)年に渡米した際、親族の少年へのお土産として購入した極小サイズの仏英辞書がこ...
未来の海へ漂うボトル―美しき座標 平民社を巡る人々 第7部「再生への船旅」(33=終)
渡米中に幸徳秋水がお土産に買った極小の辞書(森本敦士撮影) 伊予丸が北米大陸に近づくと、船客たちによる恒例の演芸会が開かれた。仮装や出し物を、幸徳秋水たちも楽しんだだろうか。 米シアトル港に着いたのは...
人生は自由への旅―美しき座標 平民社を巡る人々 第7部「再生への船旅」(32)
明治に渡米した画家、小林千古が写したとされる海(広島県立美術館所蔵) マンチュリア号に乗り、上等船室の快適さに「洋上の歓楽境だ」と大満足した小泉策太郎。彼の視野には映らなかった下等船室の様子を、赤羽巌...
雲より白きシャツ―美しき座標 平民社を巡る人々 第7部「再生への船旅」(31)
輪投げを楽しむ乗客たち(1901年刊『郵船図会』) ハワイへ向かうマンチュリア号で、小泉策太郎は船中の日課がどんなものか、1905(明治38)年11月24日について記している。 〈今朝は寝過ごして、七...
異なる航跡を描き―美しき座標 平民社を巡る人々 第7部「再生への船旅」(30)
明治期の横浜桟橋 幸徳秋水が伊予丸に乗り、米シアトルへ出発した5日後の1905(明治38)年11月19日。同じ横浜港から客船で旅に出た人物がいる。 秋水の友人、小泉策太郎だ。実業家として地歩を築いてい...
移民は「捨民」なのか―美しき座標 平民社を巡る人々 第7部「再生への船旅」(29)
後列左から時計回りに幸徳秋水、山内権次郎、岡繁樹・敏子夫妻、山内の妻の八重子(1905年12月、サンフランシスコ=72年刊『大逆事件アルバム』) 幸徳秋水が渡米した1905(明治38)年は、メキシコへ...
少女に寄せる恋心―美しき座標 平民社を巡る人々 第7部「再生への船旅」(28)
夏期講談会の記念写真に写る内村鑑三=中列左から2人目=と、右へ1人置いて西沢八重子。3列目の右から2人目が小山内薫(1901年夏、東京・角筈=森本慶三記念館所蔵) 〈真っ赤な海だ。真っ赤な海だ。落日が...
八重子嬢は私の恩人―美しき座標 平民社を巡る人々 第7部「再生への船旅」(27)
西沢八重子=手前左=と、岡繁樹=中央のひげの米国人の左奥、幸徳秋水=手前右(1906年6月、サンフランシスコ=72年刊『大逆事件アルバム』) 明治の頃、東京の角筈(つのはず)村(今の新宿駅近辺)は、く...
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