2021.08.09 08:38
ただ今修業中 移動スーパー販売員・箭野貴是さん(54)越知町
失敗続きだが、「それ以上に楽しい」と話す箭野貴是さん(越知町横畠東)
山肌に張り付くように民家が点在する高岡郡越知町の山道を、カラフルな軽トラックが上っていく。民家の前で止まり、荷台の扉が開くと、鮮魚や総菜、調味料や日用品など約1200点がずらり姿を現した。
移動スーパーの「とくし丸」。集まってきたお年寄りに「カツオのたたきもあるで」「ヨーグルトもいるろう?」。穏やかな声を掛けて回る。
35年間勤めた高知県警を今年3月に退職し、移動スーパーの販売員になった。山間部の個人商店が廃業する中、ハンドルを握る手に力が入る。
◆
昨年12月、越知町に住む父が亡くなった。独り暮らしの83歳の母は体調を崩しがち。土日のたびに実家に戻るようになったが、郡部の署に転勤となれば、それも難しくなる。「母には介護施設より自宅で過ごしてもらいたい」と、思い切って早期退職を決めた。
次の仕事を考えた時、胸に浮かんできた言葉があった。
県警では交通部門が長く、2014年から2年間勤めた土佐署では、運転免許証の自主返納を呼び掛けて回った。ある80代男性の自宅を訪ねると、「車が運転できざったら、買い物も病院も行けれんぜ。おまん、それを分かって言いゆうがかえ」。切なそうな表情が忘れられなかった。
国は、65歳以上で自動車がなく、スーパーなどまで約500メートル以上離れた場所に暮らす人を「買い物弱者」と定義している。2015年の調査では全国に約825万人、県内に6万7千人いるとされる。
「かっこえいこと言うたら、そんな人の助けになれれば、ってね」。高齢者の暮らしを支え、地域の見守りも担う車に乗ろうと決めた。
◆
吾川郡いの町のスーパーを拠点に、同町や同郡仁淀川町、越知町、高知市の個人宅や施設など約100カ所を担当。1週間かけて回っている。
午前7時すぎ。季節や天候に応じて商品を決め、荷台に積み込む。夏場は、そうめんや酢の物、アイスクリームが欠かせない。午前10時にいの町を出発し、夕方までに約20カ所を回る。到着時間は決まっており、スケジュールは分刻み。お客さんとの何げない会話も大事だが、話が弾み過ぎても遅れてしまう。
予定時刻を30分以上過ぎて、お客さんから「もう、次から来んでかまん」とお叱りを受けたこともある。注文された品を次回持って行く「ご用聞き」も務めるが、すっかり頭から抜け落ちていたこともある。50歳を超えて新しいことを始めるのは、そんなに甘くはない。
好きな言葉
小田原さんの商品を玄関先まで運び、笑顔で声を掛ける。
「また来週も来るき、元気でおってね」
生まれ育った場所で最後まで暮らしたい。そう願う人たちを支えている自負がある。車に乗り込み、ハンドルを握ると、次のお客さんの元へ走り出した。
写真・森本敦士
文・浜崎達朗