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災害「生き抜き、助ける側に」 阪神・淡路大震災で被災し四万十町移住の大村さん

(2020.01.17 08:41)

阪神・淡路大震災で被災し、「避難ルートがふさがれることも想定した備えを」と訴える大村和志さん(高知新聞社)
 阪神・淡路大震災で被災し、ボランティア活動に奔走した男性が高知県高岡郡四万十町にいる。大村和志さん(55)=大井川。高知に移住して20年、1995年1月17日のあの日のことは忘れられない。「阪神の経験を高知の人たちに知ってもらい、一人でも多く助かる備えをしてほしい」と訴えている。

被災直後の神戸市長田区。建物倒壊や火災により壊滅的な被害が出た(神戸市提供)
忘れぬボランティア経験
 「ゴー…」。夢うつつの中、地下鉄のホームで電車が近づいてくるような音で目が覚めた。その瞬間、下から突き上げられる揺れで体が浮いた。

 立ち上がろうと四つんばいになると、今度は強烈な横揺れ。体は畳の上を右に左に転がった。壁はゆがみ、冷蔵庫や食器棚が倒れる音が響いた。

 当時は神戸市垂水区の団地3階に1人暮らし。暗闇の中、玄関に進もうとしていて、足の裏に鋭い痛みを感じた。散乱したガラス片が刺さっていた。ガラス片を抜き取り階段を下りると、外には子どもたちの泣き叫ぶ声が響いていた。

 地面は至る所がひび割れ、地下のガス管から漏れ出るガス臭が鼻を突いた。ミニバイクで近くの親戚宅へ向かう間、倒れた電柱に道を阻まれた。親戚宅に着くと、高齢の女性が押し入れの中で一人震えていた。

  ■  ■  

 近郊の農地で有機野菜の栽培と販売をしていた大村さん。地震翌日に畑の様子を見に行く途中、山麓バイパスの下り車線は神戸市から西へと避難する車で埋まっていた。

 その時、反対車線を走る数台のバイクが目に留まった。肩と背中に大量の物資を抱え、救援に向かう人たちだった。

 「自分にも何かできることはないか?」。いてもたってもいられず、被害の大きかった長田区役所に飛び込んだ。それまで経験したことのなかったボランティア活動を始めた。

 役所に備蓄されていたポリタンクの水を自家用車に積み、避難所に配って回った。途中、避難所に入りきれない被災者がガレージや軒下にたむろしていた。口々に「水はないか?」と懇願された。

 避難所以外にも多くの被災者がいて、支援が届いていない状況を目の当たりにした。行政の手が回らないのなら自分が―。ボランティア組織「大村グループ」を立ち上げ、軒下などにいる人々に物資を運び続けた。

 「お風呂に入りたい」と言う高齢者の声を聞きつけ、兵庫県北部の城崎温泉の組合に掛け合い1泊2日の温泉ツアーを企画した。これをきっかけに被災者向けの温泉ツアーとして、定期バスが出る支援へと広がった。

 「犬がおらんと生きていけへん」と言われてペット犬を探し回ったことも。子どもの遊び相手や被災者の話し相手にもなった。地震から半年間、公的支援の届かない被災者に寄り添い続けた。

  ■  ■  

 「布団の足元にあったブラウン管のテレビは部屋の反対側に飛んでいた。当時は家具固定という考えも広がっておらず、今思うとぞっとする」と大村さんは振り返る。

 散乱した家具やガラス片、道を阻む電柱やブロック塀、隅々まで行き渡らない行政の支援…。四半世紀前の神戸で起きた風景は、近い将来、南海トラフ地震に襲われる高知のそれと重なる。

 大村さんは震災5年後の2000年に高知県四万十町に移住した。もともとデザイナーとして大阪の広告代理店に勤めていたこともあり、四万十町で企画・デザイン事務所を営む。仕事の傍ら、4年ほど前から県内の小中学校で被災体験を子どもらに伝えている。

 「阪神や東日本の震災で起きたことを知り、備えておくことが南海トラフ地震の時に生死を分けることもあると思う。子どもたちには『とにかく生きて』と伝えている。生きていれば、身近にいる誰かを助けられるかもしれないから」(海路佳孝)

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