美しき座標 平民社を巡る人々
幸徳秋水(幡多郡中村町出身)らが日露戦争反対を貫くため、自由、平等、博愛を掲げる平民新聞を創刊したのは1903年秋。彼らの息づかいを感じる連載。
186記事
美しき座標 平民社を巡る人々
幸徳秋水(幡多郡中村町出身)らが日露戦争反対を貫くため、自由、平等、博愛を掲げる平民新聞を創刊したのは1903年秋。彼らの息づかいを感じる連載。
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ねこと妻と子どもと―美しき座標 平民社を巡る人々 第6部「新しい人よ」(28)
熊本県の球磨川(1912年刊『日本名勝旧蹟産業写真帖 国定小学校教科書準拠 地』、国立国会図書館ウェブサイトより) 松岡荒村は妻の文子のことを、フーちゃんと呼んでいた。1904(明治37)年初夏は結婚...
夕焼けの空眺めながら―美しき座標 平民社を巡る人々 第6部「新しい人よ」(27)
東京・神田の街(1900年刊『日本之名勝』、国立国会図書館ウェブサイトより) 自由・平等・博愛、そして非戦論をうたって、幸徳秋水や堺利彦が創刊した週刊「平民新聞」は8千部が売れる上々の出だしで、活気が...
僕らはただの数字―美しき座標 平民社を巡る人々 第6部「新しい人よ」(26)
戦争になると、人は数字になってしまう(1904年刊『少年日露戦史 第一編 開戦の巻』、国立国会図書館ウェブサイトより) 堺利彦は1903(明治36)年4月、「由分(ゆうぶん)社」という小さな会社をつく...
大隈伯は傲慢な爺さん―美しき座標 平民社を巡る人々 第6部「新しい人よ」(25)
1901年開校当時の日本女子大学校園庭=42年刊「日本女子大学校四十年史」、国立国会図書館ウェブサイトより 平塚らいてうが、お茶の水女学校を卒業したのは1903(明治36)年春のことだ。彼女の父は〈と...
出産に立ち会った堺―美しき座標 平民社を巡る人々 第6部「新しい人よ」(24)
明治30年代の東京・四谷見附。堺は念願の自転車を手に入れ、角筈からの出勤時に四谷を通った(1900年刊『旅の家つと 第29巻都の巻』、国会図書館ウェブサイトより) 1901(明治34)年12月に、福田...
兆民に金を借りる―美しき座標 平民社を巡る人々 第6部「新しい人よ」(23)
岸田俊子は書画にも大変秀でていた。亡くなる5年前、1896(明治29)年の「松竹梅」三幅対(高知市一宮の歯科医、島崎誠さん所蔵) 岸田俊子が病で亡くなったのは1901(明治34)年5月。生年に諸説ある...
男性看守は旦那様―美しき座標 平民社を巡る人々 第6部「新しい人よ」(22)
獄中の福田英子=当時は景山姓(1887年刊『大坂国事犯公判傍聴筆記 後編』、国立国会図書館ウェブサイトより) 岸田俊子が演説を始めたのは1882(明治15)年4月で、それ以降各地で男女同権を訴え、女性...
弁当提げせっせと傍聴―美しき座標 平民社を巡る人々 第6部「新しい人よ」(21)
国内初の女性参政権確立を記念する「婦人参政権発祥之地」の碑(高知市上町2丁目) 明治の女性は政治にどう参加しようとし、阻まれてきたのだろうか。最初期の記述を、1878(明治11)年8月14日付の「大坂...
目にいっぱい涙ためて―美しき座標 平民社を巡る人々 第6部「新しい人よ」(20)
清水豊子の小説や評論をまとめた「紫琴全集」。冒頭に植木枝盛らと撮った豊子(右端)の写真が掲げられている 清水豊子をモデルにした女性の姿が、明治の作家、徳富蘆花の小説「富士」の中にほんの短く描かれている...
自由を愛する諸君!―美しき座標 平民社を巡る人々 第6部「新しい人よ」(19)
岸田俊子(国立国会図書館ウェブサイトより) 福田英子は20代のころを回顧して、清水豊子との間柄が〈ほとんど姉妹のごとく〉親しかったと書いている(自伝『妾(わらわ)の半生涯』、以下同)。 当時、英子の内...
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