ひとつの大家族である「高知家」が、ますます元気な家族となるよう、
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じっくりと炊き上げる、深い甘味 昔ながらの手作りの「白玉糖」
小さく切った白玉糖はお土産に。大人には「懐かしい味」、子どもたちには「珍しい味」
芸西村の冬の風物詩 子どもたちにふるさとの魅力を知ってもらおうと開催している「高知家未来プロジェクト こうち体感ツアー」。5回目の「白玉糖づくりにチャレンジ!」を開催しました。
 芸西村特産の「白玉糖」は、地元のサトウキビから作る黒糖で、白く精製する前の「白下糖」をさらに煮詰めて固めたものです。サトウキビのあくを徹底的に取り除くことで生まれる独特の風味と、まろやかな味わいが特徴です。
 白玉糖づくりは江戸時代から続く伝統産業で、1950(昭和25)年ごろをピークに栄え、当時は辺り一面にサトウキビ畑が広がっていました。しかし、安い外国産の砂糖に押されて衰退し、70(同45)年を最後に途絶えてしまいました。
 その後、「この技術を残したい」と製糖経験者が集まって白玉糖づくりを再開。89(平成元)年に造られた「芸西村伝承館」で、毎年11月から1月にかけて白玉糖の製造を行っています。
 今回教えていただいたのは、猪野司孝組合長をはじめとする芸西村伝承館製糖組合の皆さん。朝3時から作業が始まっているという作業場は、白い湯気に包まれていました。
釜番、火番が息を合わせて 長い竹のようなものを取り出して、「まずはサトウキビを搾ってもらいます」と猪野さん。搾汁機の中に押し込むと、二つのローラーに挟まれて汁が搾られ、おけの中へ。反対側に出てきた搾りかすを触って、「タケノコみたいな匂いがする」という声が聞こえました。
 原木200キロ分の汁を1の釜に移し、煮ながらあくを取る作業。浮いてきた泡をすくい取り、さらにあくを吸着・沈殿させるために石灰を投入。この量の加減が非常に難しいのだそうです。
 次に、たるに移して1時間ほど置いて不純物を沈殿させ、透明な上澄みだけを2の釜へ。ぐらぐらと沸騰させて、半分くらいになるまで煮詰めます。沸き上がる泡を竹の道具で素早くかき混ぜ、吹きこぼれないようにするのが大事な仕事。最後に3の釜に移し、焦げないようにかき混ぜながらとろりとするまで煮詰め、頃合いを見計らって取り出します。
 搾汁から釜出しまで約5時間。釜のまきをくべる人、火を落とす人、混ぜる人、すべてあうんの呼吸です。
幸福感に包まれる甘さ 猪野さんが、釜から出したばかりの白玉糖を棒の先に絡め、「これを食べてみて!」と、熱々とろ~りの白玉糖を振る舞ってくれました。参加者たちは、「甘い~」「キャラメルみたい」と言いながら、コクのある甘さを存分に味わいました。
 人肌まで冷ました白玉糖は、長い型枠に流し、金属の仕切り板をはめ込んで長方形に成型します。型から抜くと、白玉糖の出来上がり。すべて人の手で作る、優しい味のお砂糖です。
 「こうやって食べるのが一番おいしいき」とごちそうしてくれたのが、白玉糖を載せた焼き餅。頰張ると、白玉糖の香りと甘味、焼き餅の香ばしさが口いっぱいに広がりました。
 お昼前、荷台にぎっしりとサトウキビを積んだトラックが到着しました。「ここに来る時、畑があったね」と、あるお母さん。猪野さんはサトウキビの栽培も手掛けていて、「夏場は草刈りや台風対策に追われて大変やけど、冬が来たら白玉糖が作れるき楽しい」とにっこり。
 子どもたちの「面白かった」「おいしかった」の声に、「また来てよ」と応えてくれました。