Let’s go o-henroad! 「お遍路ードプロジェクト」について

121日目「おっかなびっくりの神峯寺をなんとかクリア」(2016年2月3日)

歩数 20895歩
距離 12.5km
消費カロリー 506kcal

「やれやれ、なんとか歩けた」
 2月遍路初日を終えての率直な感想である。ぎっくり腰をなだめすかしての27番神峯寺(こうのみねじ)参拝である。標高450mの神峯山中腹にある山寺に至る道はかなりの急登攀路であることがわかっている。
 前にクルマで訪ねたときもエンジンを思いっきりふかして急なつづら織りの細道をようやく登り切った記憶がある。その道を今日は我が足で登る。「ぎっくり腰遍路」初日のいきなりの試練。お大師さまもなかなか厳しい演出をなさるなあ。
 しかし、27番をスルーするわけにはいかぬ。結願目前の敵前逃亡ではいかにもカッコ悪い。いつかは打たねばならない寺ならば今日打つしかあるまい。そう覚悟を決めて、我が腰に「しっかり頑張るように」と言い聞かせて歩き始めたのである。
「お大事に。くれぐれも無理をなさらぬよう」
 「安田まちなみ交流館和(なごみ)」のおばちゃんたちの慈愛のこもった視線に見送られて、ちょうど午前9時に歩き始めた。
 安田の街中を100mほど歩いたところで突然、「大丈夫。これなら歩ける」という確信みたいなものが身体の奥の方(といっても腰よりやや上あたりだが)から湧き上がってきた(笑い)。いままで艱難辛苦をくぐり抜け1500km近くを歩いてきた経験値のようなものである。

 いつもの65%くらいのスピードで(計ったわけではないけど)ゆっくり一歩一歩刻むように足を前に出す。能や狂言の演者のような摺り足である。自然とロボットのアシモ君のような歩きになる。体がやや前傾し、膝を伸ばしきらないまま次の足が前に出る、あの歩行スタイルである。
 事情を知らない他人には奇妙な歩き方に見えるに違いない。同行の高知新聞竹内一記者は「なんだかオカマみたいですね」と言ってクスクス笑っている。失敬なやつである。こっちは見てくれなんか気にする余裕はない。ただただがむしゃらに前に進むしかないのだ。
 そんな殺伐とした男の2人旅に今日は飛び入り参加の同行者がある。それもうら若き女性である。高知県高岡郡津野町の地域おこし協力隊員の豊岡玲子さんである。あるNPOの忘年会で初めて会ったときに「機会があれば一緒に歩きましょう」と誘ってあったのだ。
 道々歩きながらの身上調査によると、豊岡玲子さんは千葉県の出身。大学卒業後すぐオーストラリアの大学に留学、心理学を学びながら介護施設や児童保護施設などでアルバイトをして6年間を過ごし日本に帰国。その後、津野町の募集を見て地域おこし協力隊に入ったという。
 オーストラリアではアボリジニの生活や文化に興味を持って、砂漠の辺境まで足を伸ばしたというちょっと変わった女性である(失礼!)。
「小さい頃から田舎好きだったので、いまの津野町の生活をエンジョイしています」
 という玲子さんの目下の関心事が「遍路」。歩き遍路のベテランである黒ちゃんと竹内記者の「先を急がず寄り道たっぷり」の「尺取り虫遍路隊」の流儀を学ぼうと、真新しい納経帳とお線香、ローソク、納札まで用意して「安田まちなみ交流館和」で我々を待ち受けていたのである。
 ひょっとして玲子さんは、腰の具合の悪い黒ちゃんのためにお大師さまが急遽派遣してくれた介護担当なのかもしれない。途中、腰が曲がらない黒ちゃんの代わりに靴ヒモをていねいに結んでくれた。ありがたいことである。

 四国27番札所・神峯寺の本堂前に立ったのは10時45分。登り口の標識に所要時間約1時間と出ていたので、まあまあのペースで450mの標高差を稼いだことになる。「ぎっくり腰持ち」でこのコースタイム。結構がんばったと言えるのではないか。
 神峯寺の境内に参拝者は1人もおらず、ひっそりとしていた。きれいに掃き清められた参道、よく刈り込まれた植え込みが気持ちよい。本坊から本堂に上がる急な階段に座り込んで職人さんが手すりに赤いペンキを塗っている。のどかで平和な山寺の境内に、ペンキの匂いが漂い冬の陽光が注いでいる。「なんだか癒されるなあ」と、ひととき腰痛のことをを忘れた黒ちゃんでありました。
 神峯寺の御本尊は、聖武天皇の勅願で行基菩薩が刻んだと伝わる十一面観世音菩薩。この寺には幕末期、三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎の母が20km離れた安芸の家から急な坂道を21日間日参して、息子の出世を祈願したという話が伝わる。

 神峯寺の駐車場の茶店で早めの昼食を済ませ、腰のサポーターをやや強く締め込んで急坂を下り、国道55号を下山まで刻んだところで本日の歩きを終えた。

 「ぎっくり腰遍路」初日の歩きをやれやれ終えての一句
 <リハビリの スロープなりや こうのみね>

黒笹慈幾


安田町の街中を抜け、神峯寺に向かう農道を歩く。正面に見える尾根を右手にたどったピークの中腹あたりに寺はある。


車道を外れ山道に誘う遍路道の看板。いつもならば必ずこっちへ踏み込むのだが、今日は自重して車道を歩く。


27番札所神峯寺の仁王門。山寺らしい質実剛健な造りである。


神峯寺本堂。背後の森を従えて堂々の構えである。


境内からは遥か下方に青い土佐の海が望める。


なんとか神峯寺を打つことができ、思わず笑みが。ちなみに納経所前のこのベンチ、黒ちゃんの痛む腰にとても優しい高さでした。ありがたかったなぁ。


駐車場の茶店で野菜うどんの昼食。ご主人には「ごっくん馬路村」とホットコーヒーのお接待をいただいた。感謝です。


大きめの野菜がたっぷり入ったうどん。湯葉入りの精進うどんでした。


神峯寺を打てば次は大日寺。残るは3つの寺だけになった。


国道55号を歩き、安田町から安芸市に入る。


突然ゲストウォーカーになった津野町地域おこし協力隊員の豊岡玲子さん。明るくて聡明な女性だったが歩き遍路にしてはやや着すぎか。まあ、初めてだからしょうがないけど。


安芸市下山まで歩いて本日の歩き終了。ごめんなはり線下山駅から列車で芸西村の宿「土佐ロイヤルホテル」まで移動した。


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