Let’s go o-henroad! 「お遍路ードプロジェクト」について

103日目「お遍路休憩所でオーストラリア人のモンスターに会った」(2015年11月28日)

歩数 23596歩
距離 14.1km
消費カロリー 711kcal

 7時48分にJR牟岐線立江駅のホームに降りたった。冬型の気圧配置で天気は荒れ模様で、太陽が顔を覗かせたと思えばすぐに雲が遮ってしまう。今朝の出発地、徳島市上空には不気味な黒い雲が湧いている。こっちにもあの雲がやってくるのは時間の問題だろう。
 次の20番札所・鶴林寺(かくりんじ)に向けて8時に立江寺の門前をスタートした。歩き始めて30分後、冷たい雨が強風とともに襲ってきた。上下の雨具を着てフードを立て、ザックにレインカバーをかぶせ、さらにその上から傘もさすという完全装備に切り替える。
 冷たい雨まじりの強風が正面から吹き付けるのを傘でガードしながら歩く。体感温度がぐんぐん下がり、手の指の感覚がなくなってくる。指なしの夏仕様の手袋が恨めしい。やはり温かいフリース手袋を持ってくるんだった。高知を出発するときはポカポカ陽気だったのでつい油断した。この時期のお遍路は万が一を考えて冬装備にしないといけなかったのだ。「手袋の後悔先に立たず」である(笑い)。

 たぶんもう2、3度気温が下がれば、みぞれか雪になっただろう。そんな冷たい雨に打たれながら1時間ほど歩いたところにお遍路休憩所が現われたので、躊躇せず逃げ込んだ。砂漠のオアシス、じゃなかった冬山の避難小屋である。
 畳敷きの休憩所の中には先客の男性がいて、ちょうど歯を磨いているところだった。いきなり飛び込んできた雪山遭難者に驚いた様子である。
 「ここに泊まったんですか?」と聞くと「はい!」と応じたので、最初は気づかなかったのだが外国人のお遍路さんだった。聞けばオーストラリア・シドニー出身のアーロン・モレリーニ君、24歳。
 見事な日本語の理由をしつこく追及してみると(笑い)、いまは仙台に住んでいて日本人のガールフレンドが一緒だという。ふふふ「恋は最高の語学レッスン」なんだなあ。
 すでに24番札所の最御崎寺(ほつみさきじ)まで野宿しながら歩いたが、ちょうどガールフレンドが松山まで来るというのでヒッチハイクで会いに行き、またヒッチで室戸まで戻る途中なのだという。
 凄まじかったのは、彼がお遍路で1日に稼ぐ距離。50kmから60km!「ひゃーっ!」である。恐るべき行動力と体力。「ヒッチハイクの経験ゼロ、1日に歩けるのはせいぜい20kmまで」の黒ちゃん、呆れかえっちゃって「君はモンスターか!」と叫んだ(というのはウソです)。

 さて。一連の事情聴取が済んだ(笑い)のは9時半過ぎ。モンスター青年を解放して記念撮影をし、「高知でまた会おう」「ハバ ナイス トリップ!」と言って別れるころには、雨が上がり、日が差して天気は嘘のように機嫌を直していた。
 風は相変わらず冷たかったが、太陽の日差しが温かい。しかもありがたいことに途中のファミリーマートで手袋を売っていた。スマホ対応とかで脱がずにタッチパネル操作ができる優れものである。
 モンスター青年と出会ってから、なんだかすべてがうまくまわり始めた。ひょっとして彼はガイジンのお大師様だったりして。まさかね。

 というような運命的な出会いの余韻を楽しみながら、途中、勝浦町のレストランで早めのランチを済ませ、鶴林寺の参道入り口に到着したのが12時20分。ここからは標高差500m、時間にして約100分の急登攀が待っていた。
 このルートは11番藤井寺→12番焼山寺間の「遍路ころがしパート1」(97日目のブログ「遍路ころがし1と6を突破して焼山寺へ」参照)に次ぐ、四国遍路史上最大級の難所、20番鶴林寺→21番太龍寺間の「遍路ころがしパート2」の一部なんである(ややこしいですな)。
 詳細は明日の鶴林寺→大龍寺ルートの報告と合わせて書く予定である。しばしお待ちくだされ。

 冷たい風が運んできたものを見まちがえて一句
 <風花が 舞ったと思えば ススキかな>

黒笹慈幾


19番札所・立江寺の本堂に朝の光が差し込んでいた。


荒れ模様の空から一瞬光がこぼれてきて立江寺の大師堂の屋根を美しいシルエットに変えた。


小松島市櫛淵の遍路休憩所で会ったオーストラリアの青年。昨晩はこの小屋に泊ったらしい。日本語の達者な陽気な男だった。


名前はアーロン・モレリーニ。両親はイタリア系移民の子としてオーストラリア・シドニーに生まれたらしい。別れ際黒ちゃんにはヒッチハイクで知り合った釣具メーカーの社員にもらったというジギングのルアーを、竹内一記者にはガリガリ君の当たり棒(笑い)をプレゼントしてくれた。アリガト。


昨日の寒波で、遠くに望む剣山系の山の頂は真っ白い帽子をかぶっていた。


コンビニで手袋を売っているとは意外だが、大いに助かりました。指先に特殊加工がしてあるスマホ対応。このままタッチ操作ができる。すごい時代になったもんだ。


竹内一記者、濡れた傘を乾かしながら歩くの図。日焼け恐怖症の女性お遍路さんと間違えられまっせ。


勝浦町のレストラン「地美獲 あおき」で食べた鹿肉丼。初体験のステキな味でした。地美獲→ジビエと読ませるのはややムリがあるのでは(笑い)。


「あおき」の野外デッキからは遠く勝浦川の清流を望める。


正面の山の頂上、モシャモシャと木が生えているあたりが鶴林寺だと「あおき」のご主人が教えてくれた。標高差にして500m、100分の歩きだとも。
遍路道の方が短いのは直登のショートカットルートだから。その分傾斜は厳しくなる。いよいよ「遍路ころがしパート2」の始まりだ。


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