Let’s go o-henroad! 「お遍路ードプロジェクト」について

87日目「初日のいきなりのアップダウン攻撃に降参!」(2015年9月23日)

歩数 27986歩
距離 16.7km
消費カロリー 740kcal

 「出入りが激しい」というとゴルフ、あるいはアユの友釣りの結果(黒ちゃんの場合だけかも)を評するときに使う表現だが、「アップダウンが激しい」というのはまさに今日の我々の遍路を総括する表現であろう。ただ、うかつにも我々はそのことに歩き終わってから気づいたのだけれど。
 朝6時、竹内一記者がタクシーで黒ちゃんが泊まった東横インに迎えにきた。シルバーウイークの真っ只中で同じ宿がどうしても取れず、前夜は別々のホテルに泊まったのである。
 屋島の駐車場を6時半にスタート、歩き遍路専用の山道に踏み込んだ。しかし屋島寺からの下りの遍路道はいきなりの急勾配で落下傘(表現が古い!)が欲しいくらいだった。先月の最終日、屋島寺までの容赦のない急登攀路を考えれば、山の反対側に降りるルートとはいえかなりの急降下を強いられることは予想できたのだが…。少し油断があったのかもしれない。
 標高約290mの屋島寺から庵治(あじ)湾を挟んで向かい側、八剣山の中腹にある85番札所・八栗(やくり)寺までは海岸までいったん下ってから改めて登り返すカタチになる。屋島山頂からの急降下を、膝の悲鳴を聞きながらなんとかクリアして八栗寺への登りに入る。標高は230m、2つの寺の間は約7.5km離れている。
 八栗寺へはケーブルカーで登るルートもあるのだが、初日からいきなりケーブルカー利用はさすがにカッコ悪い。頑張って急傾斜の遍路道を登った。八栗寺は夫婦和合・縁結び・子恵みの神様とされる秘仏の歓喜天(かんぎてん)を祀ることでも知られる。表参道から臨む仁王門の屋根越しに庵治石の大きな岩峰がそびえ立つ様子は、なかなか見応えがあった。ご本尊は聖観世音菩薩。
 次の86番札所・志度寺へは再び標高0mまでの下り、それも急傾斜の硬いコンクリート道路である。さすがにここまでくると膝の具合がおかしくなってきた。黒ちゃんの後ろを歩く竹内記者の足取りもかなり重い。途中、牟礼町の海岸でサヨリ釣りをする老人を冷やかし、さぬきが生んだ江戸時代の鬼才・平賀源内の生家、平賀源内記念館などを覗き、足をなだめつつ志度寺に着いたのは12時ちょうどであった。
 志度寺は推古天皇の時代に創建された古い寺である。だだっ広い庭園の中に本堂や大師堂、閻魔堂などが配されていてなんとなくまとまりがない印象だった。ご本尊は十一面観音菩薩、仁王門は国の重要文化財である。
 結局、本日の屋島寺→八栗寺→志度寺のアップダウンお遍路ルートは、歩き終わった後で計算すると、総距離で16km、標高差で750m(290+230×2)。距離も標高差も初日の歩きとしては相当ハードな1日であった。

  さっぱり釣れないサヨリ釣りを眺めながら一句
 <瀬戸うみに サヨリのような 雲が浮き>

黒笹慈幾


早朝の屋島山頂から庵治湾を挟んで東方、八剣山の頂きを見る。この中腹に八栗寺がある。


屋島から八栗寺に向かう急傾斜のへんろ道。ひとたび躓けば転がり落ちそうな「あぶな坂」である。中島みゆきの同名の曲のタイトルから黒ちゃんが勝手にいただきました。


路傍の赤は彼岸花。秋遍路であることがひと目でわかるショットです。


ことでんの八栗駅近くにある洲崎(すさき)寺には「四国遍路の父」と言われる真念の墓がある。真念は高知の出身で江戸時代に自身で20回以上四国霊場巡りを行い、「四国邉路道指南(しこくへんろみちしるべ)」というガイドブックを刊行し、88か所霊場を初めて特定したお坊さんだ。


屋島から八栗寺を目指すルート上にある高松市庵治町は日本三大花崗岩のひとつ「庵治石」の産地。ひとつひとつの結晶が小さく、硬くて微細な加工ができることで「花崗岩のダイヤ」と言われ世界中で珍重されている。


八栗寺の仁王門の向こうに巨大な庵治石の岩峰が見える。八剣山はひょっとして丸ごと庵治石でできているのではないだろうか。


八栗寺から志度寺に至る途中、牟礼(むれ)町大町の海岸で釣りをする釣り人発見、さっそく「釣れてますか?」の陣中見舞を敢行。30cmクラスのサヨリが出るというので期待して見ていたが釣れなかった。残念!


釣り人の麦わら帽子の向こうには秋のサヨリ雲が…。黒ちゃんの勝手な命名ですが。


86番札所・志度寺の風格ある仁王門。国の重要文化財である。


こちらは志度寺の五重塔。境内に塔があるだけで寺の風格が上がる気がする。


高松市内までの帰路はことでん志度駅から志度線に乗り瓦町まて。黒ちゃん、じつはことでん初体験でした。


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