Let’s go o-henroad! 「お遍路ードプロジェクト」について

79日目「出釈迦寺の奥の院、空海の凄まじい修行の現場に立つ」(2015年7月25日)

歩数 7599歩
距離 5.3km
消費カロリー 139kcal

 昨日の段階で、わが尺取り虫遍路隊の総歩行距離が987.6kmに達した。1000kmまであと12.4km、このまま歩き続ければ1日で1000kmを超えること必定である。しかも今日は7月のお遍路ードの最終日、その日にちょうど1000km成就と、まことにキリがよろしい。
 しかしである。今日の出発点の第72番札所・曼荼羅寺から73番出釈迦寺(しゅっしゃかじ)、74番甲山寺を打って四国88か所霊場の総本山である第75番札所・善通寺まで歩いても5.5kmしか稼げない。987.6+5.5=993.1である。「涅槃の道場」である讃岐遍路は札所の密集度がものすごく高いのだ。
 「できれば、総本山を打ってめでたく1000km達成といきたいですね。地味になりがちな記事がぐっと華やかになります」
 これは前夜の夜遍路で立ち寄ったJR丸亀駅前「一鶴(いっかく)丸亀本店」の「骨付き鳥(親鳥の方)」をかじりながら竹内記者が言ったセリフである。
 「そのためにはジャスト7kmの寄り道が必要だよね。そうだ!途中にうどんの札所を2か所くらいはさんで距離を稼ぐってのはどう?」などと黒ちゃんがまぜっかえしたりしたが、結局結論が出ないまま今日を迎えたのである。

 朝8時ちょうどに昨日打ち終えた曼荼羅寺の門前を出発した。すでに真夏の日差しが背中に熱い。急勾配の舗装道路を息を切らせながら歩くと、500mですぐ第73番札所・出釈迦寺の山門である。こじんまりとした境内には、長屋のように本堂と大師堂が軒を接して建てられている。参拝を終え、納経所に向かう途中、前方の山のはるか高みにお寺らしい屋根がちらっと見えた。
 山は標高481mの我拝師山(がはいしさん)といい、屋根はその頂上近くに建てられた出釈迦寺の奥の院で、その奥に捨身ヶ嶽禅定(しゃしんがだけぜんじょう)があるという。
境内の看板に以下のような解説が書かれていた。
 〈捨身ヶ嶽禅定は空海がまだ「真魚(まお)」という幼名を持っていた7歳の頃、我拝師山に登り「我仏法に入りて一切の衆生を済度せんと欲す。吾の願い成就するものならば釈迦牟尼世尊影現して證明を与え給え。成就せざるものならば一命を捨てて此身を諸仏に供養し奉る」と唱えて断崖絶壁から谷底に身を投げると、釈迦牟尼仏が紫雲に乗って現れ、羽衣を身にまとった天女が空海を抱きとめ「一生成仏」と宣告し大願を叶えたという。〉
 つまり奥の院の捨身ヶ嶽禅定は、幼い空海が身を捨てて修行をした場所ということになる。
 「禅定」とはインターネットで検索すると「霊山に登って修験道(行者)がする修行、転じて霊山の頂上」を指すとある。なんだかものすごいところのようである。空海が身を投げたという絶壁を見てみたい、いや、できれば登ってみたいではないか。にわかに黒ちゃんの好奇心、いやミーハー心が疼いてきた。

 ガイドブックには奥の院まで30分から40分と書いてある。しかし出釈迦寺の境内から見上げるとアゴの筋肉が引きつるくらいの高みにある。しかもこの暑さ。かなりの覚悟が必要だぞ、とひるんでいたら「今日は奥の院で、年に一度の縁日があるので見ていきなさい。クルマで送りますよ」とお寺の関係者が誘ってくれた。渡りに船、いや奥の院にクルマである(笑い)。ありがたく同乗させてもらい、あっという間に我拝師山の頂上直下にワープしたのである。
 それにしても尺取り虫遍路隊には何かが取り憑いていると思う。今回も都合よく助っ人が現れた。お大師さまが「私が小さいころ身を投げて修行した現場を見ていきなさい」ということで弘法社のハイヤーを手配してくれたのだ(笑い)。サンキューである。

 捨身ヶ嶽禅定へは奥の院の伽藍の裏手から険しい岩盤をよじ登る。途中鎖場が2箇所あるが、足場と手がかりがしっかりしているので、それほどの危険はない。なんてったって黒ちゃんは石鎚山のあのものすごい鎖場を1ヶ月前に経験しているのだ。
 空海が身を投げた場所には稚児大師の石像が祀られ「捨身請願之聖地」の木札が立てられていた。ここからの景色が息を呑むほど素晴らしかった。写真でもご覧いただけるが、はるか下、奥の院の伽藍右手には豊かな讃岐平野が広がり、左手には遠く四国山地の稜線が雲を従えて壁のように立ちはだかっている。遠い石鎚のギザギザの稜線も確認できた。あまりにも気持ちがよすぎて「このまま天国に行ってもいい」と、空海みたいに身を投げたくなった(ウソです)。

 結局、7月のお遍路は幼い空海の修行の岩場で打ち止めとした。捨身ヶ嶽禅定は、まさに空海の名のごとく、空と海の間にある場所であった。
 だから記念すべき1000km到達と総本山参拝を8月に譲ることになったが、少しも後悔はない。あっ、それから、ため池の用水路での小ブナ釣りもうどん遍路も8月に送ることになった。「お楽しみはこれから」なんである。来月も尺取り虫遍路隊の灼熱地獄遍路は続きます。ご愛読よろしくお願いいたします。

 捨身ヶ嶽禅定で捨身を思いとどまって一句
 〈七歳の 捨身の覚悟 われは無理〉

 黒笹慈幾


前日打ち終えた72番曼荼羅寺からスタート。山門が切り取ったのどかな朝の農村風景。


讃岐の札所の密集度はすごい。高知では考えられない至近距離に札所がある。


73番札所・出釈迦寺の本堂。御本尊はもちろん釈迦如来である。


後方の山の肩のところに乗っているのが出釈迦寺の奥の院。捨身ヶ嶽禅定は、さらに左の稜線をたどった高みにある。炎天下の急登を覚悟したのだが。


幼い空海が身を投げた捨身ヶ嶽禅定の伝説が描かれた解説板。羽衣を着た天女に抱きとめられるシーン。写真では切れているが、左のほうに雲に乗った釈迦如来がいる。


出釈迦寺奥の院。縁日が行われるのでたくさんの信者が訪れていた。


年に一度のきうり加持の祭礼がこれから行われるところ。讃岐の風習のようだ。


きゅうりが山のように積まれた祭壇。無病息災をきゅうりに託す法要が10人の住職による般若心経の読経で始まった。


捨身ヶ嶽禅定の岩場から見下ろした奥の院の伽藍。


幼い空海が修行をした現場がここ。「捨身請願之聖地」の看板の前で。


石鎚山に続き、またまたフールオンザヒルのポーズ。馬鹿と煙は…、である。


女性お遍路さんも空海請願の聖地、禅定の鎖場を必死によじ登る。


我拝師山の頂から見た四国山地の連なり。右の奥に石鎚山が小さく見える。


同じく我拝師山から見下ろす讃岐平野。右の奥が丸亀方面。


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