Let’s go o-henroad! 「お遍路ードプロジェクト」について

70日目 「朝な夕なの石鎚山頂独り占め。お大師さまのお接待にちがいない」(2015年6月23日)

歩数 12750歩
距離 8.9km
消費カロリー 265kcal(今日も万歩計のこの数字信じません)

 棒のように硬直した脚とパンパンに張った太ももの両方をなだめながら原稿を書き終わり、夕食を済ませて山荘の外に出た。先ほどまで野外宴会で大騒ぎしていた年配の山爺&山婆たち(失礼!)は疲れて部屋に戻ったらしく、屋外に人影はない。時間は午後6時ちょうどである。
 石鎚神社の前の石段に(恐れ多くも)腰掛けて顔を上げると、正面に北アルプスの槍ヶ岳のような尖峰がニョキッと佇立している。天狗岳である。夕陽があたる西側斜面の頬を恥じらうようにほんのり赤く染めて、遍路の途中でノコノコと山頂まで這い上がってきた黒ちゃんと竹内記者を祝福しているではないか。
 その姿をなんと形容すればいいのだろうか。平成軽薄体限定の黒ちゃんの辞書には「神々しい」という月並みな単語しか登録されていないのである。残念で情けない。
 石鎚山には弥山(みせん)、天狗岳、南尖峰(なんせんぽう)の3つのピークがあって、それらの総称が石鎚山なのだという。黒ちゃんがいま立っているのは石鎚神社と頂上山荘がある弥山の頂上で、標高は1974m。南尖峰と天狗岳がともに1982m。つまり石鎚山の本当のピークは目の前の天狗岳とその向こうに隠れている南尖峰なのである。

 少し遅れて小屋から出てきた竹内記者と西日本最高峰石鎚山のピークを独り占め(正確にはふたり占め)する。なんという贅沢な時間であろう。「このまま天国に行ってもいい」と本気で思ってしまうほどであった。
 梅雨どきのそれも2000m級の山の天気である。登れたとしても視界ゼロということもあろう、そう覚悟していた。60番札所・横峰寺を打ち終えて、その足で空海が修行した石鎚山に登ろうという尺取り虫遍路隊の机上プランが、これほどまでに美しいエンディングを迎えるとは…。
 「日ごろの行いがいいからね」と竹内記者相手に軽口をたたいた黒ちゃんだが、内心はお大師さまの「大いなる存在」を感じざるを得なかった。こんな大がかりでサプライズな演出は、この山を聖なる霊場と定めたお大師さま以外にはできない。

 そして…。標高1974mの夜が明けた。薄明かりを透かして隣の布団を見ると竹内記者がいない。昨晩のうちから「ご来光を見たくて登山者は山に登るんです」と言って張り切っていたから、きっと外で待機しているのだろう。
 じつは黒ちゃん、昨晩は目覚ましもかけずに9時の消灯前に寝てしまった。ご来光はどうでもよかった。なぜならば夕方の贅沢な「石鎚山頂上独り占め体験」で十分満足していたので、これ以上なにを望むのか、という気分だったのである。
 竹内記者が帰ってきたので「ご来光は?」と聞くと、首を横に振った。どうやら今朝はお大師さまのお接待はなかったようである。

 小屋泊まりの登山者全員が朝食を済まして下山した7時半、黒ちゃんと竹内記者は荷物を小屋に預けて空身で天狗岳に向かった。弥山の南面の岩盤に鎖場があって、それを伝って天狗岳に続く細い稜線の上に降り立つ。
 向かって左、稜線の東側は鉈で断ち落としたような垂直の断崖、西側はカンナで削り取ったような60度以上の急斜面である。そのナイフの刃の稜線上を一本の登山道がうねうねと天狗岳山頂に向かって伸びている。
 昨日、試しの鎖場をよじ登った時と同じ、生命の危険を脳が察知したときの緊張感が全身を包む。「石鎚山で一番注意が必要な場所だとガイドブックに書いてありました」と竹内記者が脅かす。喉が渇く。胃袋が縮んでさっき食べたばかりの朝食が食道に戻ってきそうである。

 午前7時49分、天狗岳のピークに立つ。ようやく1982m、本当の西日本最高峰の頂に立つことができたのだ。いままで見えなかった南尖峰の荒々しい山容もはっきりと見える。振り返れば対岸の弥山のてっぺんにちょこんと乗っかった石鎚神社の社が、朝霧の天空に浮かんでいる。耳をすますと遥か下界からホトトギスとツツドリ、ミソサザイのさえずりが、いや、かすかに沢音も湧き上がってくるのが聞こえる。
 徒歩による四国八十八箇所霊場巡りを発心してから1年余、初めて味わう達成感である。百名山巡りをしているあまたの登山者が追い求めるカタルシス(精神の浄化)も、このような種類のものなのかもしれないと思った。

 1982m、石鎚山の本当のピークに立って一句
  〈天空の 社(やしろ)従え 天狗峰〉
黒笹慈幾


西陽に照らされた天狗岳を褥に久しぶりの涅槃のポーズ。石鎚山の山頂を独り占めにして、つい笑顔になってます。


6月21日午後6時。標高1982m、西日本最高峰の天狗岳の威容。


こちらは翌6月22日午前7時50分。標高1982m、天狗岳と同じく西日本最高峰の南尖峰の姿。


石鎚神社頂上山荘の朝食。質素な食材だが彩りを意識した洒落たレイアウト。ご飯の上のふりかけの黄色は黒ちゃんの演出。


天狗岳の頂上にはご覧のような石塔が建つ。黒ちゃんの肩に南尖峰の頂を乗せて記念撮影。


昨日登った試しの鎖への標識を改めて確認。「体力に自信のない方は左へ」という挑発的な書き方をされると、つい見栄を張って右の鎖場に行ってしまう登山者も多いのでは。我々もそうだった。


石鎚山登山の基地である石鎚神社の成就社。この見返り遥拝殿からは石鎚山に登ることができない参拝者が霊峰を仰ぎ見ることができる。正面にうっすらと山影が見える。


帰りの バスの中で翌日の高知新聞朝刊の原稿を書く竹内記者。「仕事熱心だね」と褒めると「ビールが早く飲みたいから」だと。カワイクないなあ。


本物の登山を経験してたくましい面構えになった黒ちゃんのアゾロ。帰ったら手入れをしてあげよう。


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