Let’s go o-henroad! 「お遍路ードプロジェクト」について

61日目「空身遍路の呪いか。足がストライキに突入」(2015年5月7日)

歩数 35280歩
距離 25.3km
消費カロリー 1297kcal

 場所は歩き始める前日、夜遍路で立ち寄った松山市二番町のニッカバー「ジロー」のカウンター。シングルモルトの竹鶴12年をストレートでチビリチビリやりながら、竹内記者はおごそかにこう言ったのである。
 「明後日は新聞休刊日だから、明日は原稿書きはありません。だから1日20kmまでルールはなしにして、夕方までめいっぱい歩きましょう」

 新聞は出ないのに黒ちゃんのブログだけアップするわけにはいかぬ。ネタ割れになるし、協調性がないと思われるのも不本意だ。やむなく竹内記者にお付き合いして書かないことにした。だいたい原稿書きに3時間ほどかかる。遅くとも午後3時前には歩きをやめて宿に入り、それぞれが6時の夕食までに次の日の原稿を書き上げるというのが、ここまでの約60日間のパターンだったのだが。
 実はお遍路の途中に新聞休刊日が挟まるのは今回が初めて。「歩いた後すぐ原稿を書かなくてもいい」と言われてもなんだかピンとこない。でも「じゃあ、今日は明るいうちから飲めるじゃん」とはならずに「せっかくいただいた自由時間なんだからさ、存分に歩こうよ」となる竹内記者と黒ちゃん。どこまでもマジメな2人であります(笑い)。
 さて。以上のような背景があってスタートした昨日の「夕方までめいっぱい歩き遍路」の顛末はどうだったのか…。焦らすわけじゃありませんが、結末はもう少しお待ちください。

 3月のお遍路の終点、松山市和気町の第53番札所・円明寺(えんみょうじ)が今回のスタート地点である。改めてご本尊の阿弥陀如来さまに真言を捧げ、第54番札所・延命寺(えんめいじ)のある今治に向けて歩き始めた。松山市堀江町の先で国道196号線と合流してすぐ、左に海が見えてきた。
 久しぶりの海である。去年の12月に宇和島市津島町の海を見て以来である。あの時の海は宇和海だが、今回は瀬戸内海である。海風が運んでくる磯の香りが心なしか柔らかな感じがする。冬と春の違いかもしれないし、あるいは宇和海に比べて気候が穏やかなせいかもしれない。
 考えてみれば、これからしばらくは進行方向左手に常に瀬戸内海の存在を感じながらのお遍路が続くだろう。土佐の海から宇和の海そして瀬戸内の海。1年をかけて季節とキャラクターの違う3つの海と出会うことができた。これ以上ぜいたくな旅はないかもしれない、と心底思った。

 粟井川を渡ったあたりから瀬戸内海の眺望が途切れて、しばらく町中の道を車の騒音と一緒に歩くストレスフルな時間が続いた。そのせいではないだろうが、JR柳原駅を通り越し伊予北条の市街に入ったあたりから、なんだか両方の太ももに違和感が生じてきた。
 さらに進み、美しい瀬戸内海の眺望が戻ってきた道の駅「風早の郷 風和里」にさしかかる頃にははっきりとした痛みに変わった。「おいおい、歩き始めてまだ15kmだぞ」「今日は夕方までめいっぱい遍路なんじゃなかったの」「今までの1年間の歩きはなんだったんだ」黒ちゃんの内なる声が次々と問いかけてくる。
 脳は「今日は歩け歩け!」と指令をじゃんじゃん出しているけど、足の方は「急にそんなこと言われてもねえ」という感じであろうか。脳の指令が足までぜんぜん届かないんである。
 私のすぐ後ろを背後霊のように歩いている竹内記者はどうか。こちらもさえない表情で、同じく「内なる声」と戦っている様子である。
 お互い「こんなはずじゃなかった」同士が「なんでだろう?」と原因を探るうちたどり着いた結論は「空身遍路の呪い」だった。

 3月の遍路は、松山市内のホテルに荷物を置いたままの空身遍路がほとんどだった。3日目に浄瑠璃寺→八坂寺→西林寺→浄土寺→繁多寺→石手寺→道後温泉と巡った1日だけ荷物を背負って歩いたが、あとは全部空身。8〜10kgの負荷を背負ってちゃんとした距離を歩くのは、振り返ってみれば内子から久万高原町に抜けるルートを歩いた2月以来である。
 荷物を背負って歩くまじめ遍路から3か月も遠ざかっていた足に、急に負荷がかかったわけだ。ストライキを起こすのももっともだ。まさに「空身遍路の呪い」である。「都市型遍路」などと言って怠けていたのを、お大師さまはちゃんと見ていたのだ。なかなか油断のならないお方だ。

 足が言うことを聞かない1日だったが、楽しみもあった。歩いていると耳にはイソヒヨドリの軽やかな歌声が、鼻には柑橘の花や花壇の花々の心地良い香りが、目には咲き始めたばかりの藤の花の紫簾が飛び込んできた。足は痛いけど、暑からず寒からず、やっぱり五月の遍路はステキだな。
 結局、松山市から今治市に入って最初の町、鬼瓦の生産で有名な菊間町まで歩いたところで足が動かなくなり、予讃線JR菊間駅から列車で今治まで出て駅前のホテルに宿をとった。夜遍路は今治名物・鉄板焼き鳥の老舗「世渡(せと)」で軽い晩酌を済ませて、早々に床に着いた。

 初の1日30km超えならず、無念の一句
 〈空身行 我が老脚を 甘やかし〉
黒笹慈幾


スタートは松山市和気町の53番札所・円明寺から。朝の境内には抹香の香りが満ちていて気分がシャキッとする。今月から黒ちゃんのウエアはごらんの夏バージョンに衣替えである。


歩き始めて5分もたたずにお接待でデコポンをいただく。地元の人にお遍路さんと認められたのがうれしいのか竹内記者、満面の笑み。


歩き始めて2時間もたたないのに、ふたりとも脚の調子がおかしくなる。ストレッチを兼ねて川の土手の斜面で小休止するが、なんだか嫌な予感がする。


道道このような売り物件の看板が次々に現れる。この地に深刻な過疎が進行しているのがわかる。中古不動産好きの(笑い)黒ちゃん、その都度足を止めて看板を撮影するのでなかなか前に進めない。


海の見える道の駅で買ったソフトクリームでパワー充填を図るも、足の筋肉に伝わらず。「空身遍路の呪い」恐るべし。


太ももの筋肉痛がますます強くなったので、今日の「思いっきり歩き遍路」はギブアップ。今治市に入る直前の海辺で大休止する黒ちゃん、情けなくて苦笑してます。


この時期の伊予路は路傍の花壇に花々があふれていて心がなごむ。


満開になったばかりの藤の花簾。美しくて香りも高貴、観て楽しく嗅いで楽しい野生の花だ。


鬼瓦の生産で有名な今治市菊間町で本日のお遍路終了。ビルの壁面に巨大な鬼瓦を貼り付けたアイデアは秀逸。敬意を表して記念撮影。


鬼瓦屋さんの看板ばかりが並ぶ菊間町の「鬼瓦通り」(黒ちゃんの命名)。異様というよりむしろ愉快な光景だ。


菊間町の遍照院。88箇所霊場ではないが、お大師さまの気配が濃厚に漂う。足の筋肉痛の快癒を祈ってお賽銭を奮発した。


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