Let’s go o-henroad! 「お遍路ードプロジェクト」について

58日目「お遍路とミュージカルのサプライズな関係」(2015年3月10日)

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 昨日の石手寺参拝は午前中に終えたのだが、次の第52番札所・太山(たいさん)寺までは3時間以上かかるので、途中の「子規記念館」まで歩いて、今日の予定を終えようということになった。正式名称は松山市立子規記念博物館。
 「正岡子規の世界をとおして、より多くの人びとが松山に親しみ、松山の伝統文化や文学についての認識と理解をふかめ、あたらしい文化の創造に役立てることを目的として開設された文学系の博物館」とパンフレットにあるように、松山が生んだ早逝の文学者、正岡子規の業績を顕彰・紹介することを目的として1981(昭和56)年に作られた。
 じつは伊予路、愛媛県に入ってから黒ちゃんが毎日竹内記者の冷笑を背に浴びながら、つたない17文字の俳句とも川柳ともつかないものをこのブログで書き続けているのは、愛媛は俳人の多産県だからである。
 子規の他に知っている俳人の名前をあげてみる。河東碧梧桐、石田波郷、中村草田男、高浜虚子などなど。黒ちゃんが文学部出身ならばもっとたくさん名前をあげられるのだが、法学部出身者としてはこれくらいが限界である(笑い)。
 で、愛媛に遍路の足を踏み入れるに当たって、愛媛の文学の先達たちに敬意を表す意味で17文字を刻みながら前に進もうと思い立ったのである。
 子規記念館の常設展示には深く心打たれた。恥ずかしながら正岡子規の著書は「病牀六尺」くらいしか読んだことがなかった(法学部なので)。しかし子規が短い生涯(満34歳で亡くなっている)の中で、とてつもない大業績を成し遂げた人だと知り、改めて松山という土地の文化のポテンシャルの高さを思い知った。
 結核から進行した脊椎カリエスの激痛の中で、死の直前に子規が詠んだ一句はすごい。子規の辞世の句としてよく知られている糸瓜(へちま)の三句だ。

〈糸瓜咲て痰の詰まりし佛かな〉
〈痰一斗糸瓜の水も間にあはず〉
〈をととひのへちまの水も取らざりき〉

 当時、へちま水は脊髄カリエスに効能があると言われていたことを念頭に読んでほしいのだが、従容として死を受け入れる準備ができている。まだ生きている自分を「佛」と表現して、しかもそれを少し上の方から客観的にユーモアをもって眺めている。
 黒ちゃんはこの辞世の句は、献身的に看病をし最期を看取ってくれた妹、正岡律(りつ)に贈るメッセージだったと解釈したい(法学部的には)。わずか17文字の中にさまざまな思いが入っている。「ご苦労さま、世話になったな」なのではないかと。
 この句の中に子規の「幸せ」も感じる。律という愛する妹に支えられ、日々激痛の病床に臥しながらも「安息」を得ている。彼は幸せだったに違いない。
 子規は「言葉の世界」に生きた人なので、言葉を大事にしていた。黒ちゃんもこれからは言葉を大事に生きることにしようっと(笑い)。

 朝起きて窓の外を見ると、激しい雨が降っている。隣のビルの屋上の雨が水しぶきをあげている。やはり昨晩、夜遍路でご一緒した愛媛トヨタのT副社長の予想した通りになった。テレビの天気予報も「今日のお遍路は中止しなさい」と言っているようだったので(笑い)、予定通り中止にしてTさんと一緒にある場所に出かけることになった。

 Tさんとは前に2度ほど高知でお会いしたが、ゆっくり話したことがなかった。遍路で松山に立ち寄ったので「一献いきませんか」と黒ちゃんの方からお誘いしたのだ。
 Tさんは現在70歳。自動車ディーラーの仕事から一度は身を引きながら、請われて再び同じ業界に戻ってきた。会社の仕事とは直接関係のない、さまざまな慈善活動を国内外で長い間続けている篤志の人だと聞いていたので、ぜひ一度ゆっくり話したいと思っていたのだ。
 驚いたことに、話してみるとTさんもお遍路さんだった。車で3回もお四国を回っていて、いま4回目を考えているという。お遍路でたどり着いた松山で、前から会いたかった人に会ったら、その人もお遍路さんだったと。またまたお大師さまプロデュースのサプライズに遭遇である。
「どうでしょう。明日はお休みにして私と一緒に坊ちゃん劇場でミュージカルを観ませんか」
 Tさんは酔った席で突然思い立ったように言った。
 「ええっ!ミュ、ミュージカルぅ?」
 これもかなりのサプライズである。黒ちゃんは今まで知らなかったが(法学部なので)、「坊ちゃん劇場」は松山市の東、東温市にある劇場である。いまそこに愛媛の大三島にゆかりのある「鶴姫伝説」というミュージカルがかかっていて、これが素晴らしい出来なんだそうである。
 お遍路の途中でミュージカルを見るなんて、たぶん遍路業界始まって以来、いや世界初であろう。なんだかすごいことになってきたぞ。
 「世界初ってステキじゃん、行こう行こう!」と、衆議(といっても3人の)が一致した。
 以下、長くなるので明日書くことにします。お許しください。

サプライズな展開に「いいね」で一句
〈大雨で お遍路さぼり ミュージカル〉
黒笹慈幾


高知大学地域協働学部の塩崎俊彦教授。2日間一緒に歩いて、ついでに子規記念博物館を案内してもらった。日本近世文学、俳諧史が専門の先生なので子規についていろいろなことを教えていただいた。


館内には夏目漱石が愛媛県松山市に赴任していたとき下宿していた「愚陀佛(ぐだぶつ)庵」を復元したコーナーがある。正岡子規はここに52日間居候した。「愚堕佛」は夏目漱石の俳号。


松山市内のあちこち移動は路面電車が便利。おまちっ子の竹内記者は「大都市型遍路って昼も夜もいいよね」を連発である。


夜遍路は「笠組本店」。松山の夜は気に入った居酒屋をめぐる楽しみがある。ここは愛媛トヨタT副社長のお気に入りの店。


瀬戸内でとれた太刀魚の焼き物。大きさ、脂の乗りともに素晴らしい。


締めは鯛茶漬け。大きな鯛の身がゴロゴロ入っていて、ご飯の方が少ないくらい。少し濃いめのお出汁だがお酒の後にはピッタリ。


お遍路の途中の黒ちゃんと竹内記者を坊ちゃん劇場のミュージカルに誘ってくれた愛媛トヨタのT副社長。熱心な社会活動家でもある。東日本大震災では自前のキャンピングカーに社員を乗せて救援に駆けつけたという熱い人だ。


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