Let’s go o-henroad! 「お遍路ードプロジェクト」について

50日目 「うねうねのあとにツルツルが待っていた」(2015年2月11日)

歩数 23236歩
距離 16.7km
消費カロリー 684kcal
(今日から表記することにします)

 昨晩の夜遍路で晩御飯を食べた内子の居酒屋「榎」はなかなか素敵なお店だった。店の構えは居酒屋というより料亭風で、入り口までの飛び石のアプローチに打ち水がしてある。中に入るとカウンターがあり、そこに大皿に入った料理がならんでいる。京都の「おばんざい屋」さんのような洒落た作りである。古い町並みを観光の「売り」にしている内子としては、居酒屋といえどもデザインに手を抜かないということだろう。これって、高知も見習わないといけない部分かなと思う。

 厨房のおばちゃんとあれこれしゃべっている中で「明日は、鶸田(ひわだ)峠を越えて久万高原町に入る予定にしている」と話すと「ええっ!」という顔をする。「今は一年でいちばん寒い時期で、お遍路道にも雪が付いているのでやめたほうがいい。どうしても越えたいというなら滑り止めのスパイク付きの靴にしなさい」との忠告である。
「おおっ、いきなりの盛り上がりじゃないの」と、竹内記者と顔を見合わせる。「雪中行軍もあるかも」と覚悟してきたし、我々の履いているアゾロの靴(イタリアのメーカー品を日本のモンベルがライセンス生産している)は、少々の雪道くらいはへっちゃらだ。なんてったってグリップ力抜群のヴィブラムソール(底)を装着しているのだ。だから動揺はしなかったが、それなりの気合いを入れてそれぞれ床に就いたのである。

 ところが…。一夜明けて、朝ごはんを食べるときの竹内記者の様子がおかしい。口数が少ない上に、いつもはお代わりをするご飯を少し残している。サラダや野菜の煮物にも手をつけていない。「どうした?」と聞くと「調子に乗ってきのうのお酒が過ぎたのかなあ。どうも体調が良くなくて。カラダに力が入らない」という。出発を1日遅らせたのだが、まだ病み上がりの体が本調子になっていないようである。ちょっとお酒を飲み過ぎたくらいで具合が悪くなるような男ではないのだが(失礼!)。
 あいにくの今日は久万高原町まで雪の峠をふたつも越える20km近い行程である。「もう1日だけ内子の宿で待機しようか」と提案したが、すでに自分のせいでスケジュールが1日遅れになっている竹内記者はそれなりに責任を感じているようで、「大丈夫です、行きましょう」と言う。
 結局、現場に着いて雪が深くて厳しいようならば、「名誉の撤退」をしようと決めて出かけることにした。

 先回の終了地点である砥部と内子の町境、落合トンネル出口までタクシーを奮発したのだが、我々が先月2日間をかけてようやく稼いだ距離が、タクシー30分5000円ほどの価値であったことが明らかになる。歩き遍路はそういうものだと覚悟の上で刻んでいるのだが、なんだか切ない気持ちになってくる(笑い)。

 最初はゆっくり歩いてアイドリングを済ませ、三島神社で水分を補給してから本格的に歩き始める。畝々(うねうね)という面白すぎる名前の集落を過ぎると、お遍路道は車道を離れ本当にうねうねした峠道に入った(ウソじゃありません)。杉林の急登を終えるとそこが下坂場(しもさかば)峠。息を整えながらしばらく緩い下りの車道を歩くと、今度はもっと高い標高800mの鶸田峠へ向けての登りが始まった。
 下坂場と鶸田、ふたつの峠はともに最後の峠越えの部分だけ車道を離れて山道に入る。車道の日陰の部分は雪で真っ白で、ところどころ凍結していてツルツル滑る。山道の方は全面に厚さ10cmほどの固い雪が張り付いている。
「うねうねのあとにツルツルが待っていた、なんちゃって」と軽口を叩くが、竹内記者の反応がない。振り返ると苦しそうな表情で黙々と硬い雪を踏みしめてついてくる。ふたりの靴が発する「ザク、ザク、ザク」という音だけが杉の林間にこだまする。

 竹内記者はかなり具合が悪そうである。無事に久万高原町の宿まで行けるのだろうかと心配になりだしたころ、最後の急登攀をなんとかしのいで鶸田峠にたどり着いた。歩き始めから3時間あまり、予定よりかなり早いペースで峠をふたつクリアしたことになる。あとは下りの山道を1時間ほど残すだけである。
 病み上がりの体で竹内記者はずいぶんと頑張ったと思う。社会部のN部長、ここんとこよく読んどいてくださいね。それにしても今日のムリが明日に響かないといいのだが。やや心配である。

 5月から始めた我々のお遍路ードだが、尺取り虫のようにコツコツ刻んでついに50日目に突入した。あと何日かかるのか予想もできないが、前に進んでさえいればいつかは1400km先のゴールにたどり着く。早く快適な春遍路をやりたいなあと思いながら、極寒の伊予路で冬遍路を刻んでいる黒ちゃんであります。

病み上がり遍路の竹内記者を励ます一句
〈がんばれと こだまが返る クシャミかな〉
黒笹慈幾


落合から歩き始めて30分、体が温まるころ臼杵の三島神社に着いた。ここで神様にお水をいただいてノドを潤してから歩きのギアを上げた。


下坂場峠への歩道と車道の分岐。矢印看板に「上畝々(かみうねうね)」とあるのが見えますか。なんだかこの先の登り道が待ち遠しくなる名前です。


上畝々の集落で見つけた真新しい大師堂。四国88箇所霊場開創1200年を記念して建てられたと、石碑に刻まれていた。


大師堂の内部。真新しい大師像と手書きの文字からは地区の人々が自分たちの手で建てた手作りのお堂だということが伝わってくる。


鶸田峠への登り口にあった案内板。遍路道は「四国のみち」と大部分が重なっているようた。


久万高原町二名の遍路小屋の脇にぶら下がっていた看板。「お大師さまと一服御座候」とある。


鶸田峠への遍路道は、ご覧の通り10cmほどの厚さの雪にビッシリ埋まっていた。固く締まった雪なので、靴底がしっかりグリップして歩きやすい。下りはもっと快適だった。雪を踏む音もリズミカルで心地よい。


お遍路さん泣かせの難所、鶸田峠にようやく到着。眺望は全くきかない。


歩き始めて4時間あまり、ようやく眼下に久万高原町の町並みが見えてきた。


民家の軒先の洗濯物とお遍路看板に癒される黒ちゃん。厳しい峠を越えてようやく里に下りたった安堵の気持ちが湧いてくる。


久万高原町の国道33号線沿いのカフェで食べた「まかないカレーランチセット」についていたコーヒーとチーズケーキ。これで冷えたお腹もホッとしました。


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