Let’s go o-henroad! 「お遍路ードプロジェクト」について

49日目「1日遅れの春さがし旅」(2015年2月10日)

歩数 0歩
距離 0km

 12時13分高知駅発の特急南風14号「岡山行き」の車内でこの原稿を書いている。本来ならば今ごろは砥部(とべ)町落合から久万高原町に抜けるお遍路道の難所、標高800mの鶸田(ひわだ)峠越えで難儀をしているはずだった。それが出発の前日になって、同行の高知新聞・竹内記者からSOSのメールが入った。どうやら熱が出たらしい。A型が一段落したと思ったら次にB型が流行っていると聞いていたので、最悪2月のお遍路ードの中止も覚悟していたのだが、出発を1日延ばしただけで済んだのは何よりである。
 15日には高知に帰るつもりなので、これから7日間の旅になる。今月も高知新聞朝刊の竹内記者の連載「ハマちゃんと歩く 1201年目の88カ所」と合わせて、尺取り虫方式の黒ちゃんの「釣りときどきお遍路」日記、どうかよろしくお付き合いください。

 ところで竹内記者の熱は(本人は強く否定しているが)「受賞熱」ではないかと思う。「知恵熱」があるなら「受賞熱」があってもおかしくないし。じつは竹内記者、自身が高知新聞に執筆連載した佐川町出身の植物学者・牧野富太郎の評伝をまとめた書籍『MAKINO』(2014年北隆館刊)で、今年度の寺田寅彦記念賞を射止めたのだ。すごい、エライ、たいしたもんだ。
 いつも一緒に昼遍路や夜遍路、カラオケ遍路でバカ話ばっかりしていた相手が、本当はすごいやつだったとは。嬉しいけれどなんだか、こそばゆいような複雑な気持ちである。今日から「君」ではなくて「先生」と呼ぶことにする(ウソです)。
 で、ポッカリ空いた昨日の1日を使い、あわてて途中まで読んでいた『MAKINO』を読了した。読後感がやたらと爽やかである。牧野富太郎って、典型的な土佐人の遺伝子を持つ楽天主義のマッド・サイエンティストだなあ。二人の奥さんをはじめ、彼を陰で支えたたくさんの人たちがいたからこその世界的植物学者なのだが、土佐の男の常で感謝の気持ちを素直に言葉に出せない「いごっそう」である。そういうことがよくわかる、なかなか優れた評伝だ。手前味噌ではありません、ぜひご一読を。

 さて。話を戻そう。今日の列車は上りの岡山行きである。今までは下りの中村行きか宿毛行きの列車で次のスタート地点に向かっていたのが、今回からは逆方向である。
 「尺取り虫でもズルズル這っているうちに、いつの間にか反対方向の列車に乗ったほうが近いところまで到達するのだなあ」
なんだかささやかな達成感がある、2月の旅のスタートである。
 今回の旅の初日の宿は喜多郡内子町である。先回の「文化交流ヴィラ 高橋邸」が素晴らしかったので、まずここに泊まり内子の夜遍路でパワーをつけて難所を切り抜けようという腹づもりなのである。明日はタクシーで先回のルートを辿って砥部町落合まで行き、そこから歩き始める。1日で標高を稼ぎながら44番札所・大宝寺のある久万高原町に至る、厳しい登りの行程である。
 今朝の高知市内の気温はマイナス3度、この冬一番の寒さだった。果たして久万高原に春の兆しは届いているのだろうか。いやいや、それよりも「吹雪遍路」にならないことを祈ろう。

 1日遅れのスタートに一句
〈ひわだ越え 春の入り口 探しつつ〉
黒笹慈幾


寺田寅彦記念賞を受賞した高知新聞・竹内一記者の著書『MAKINO』。ハードカバーの外観もだが、中身も立派な本である。


土讃線の特急車両に比べて、予讃線は少し豪華に見えるのは気のせいか。多度津で乗り換えて松山行きの「しおかぜ」に乗る。車両編成も土讃線の倍以上の長さがある。


松山で宇和島行きの特急「宇和海」に乗り換えて内子まで。高知からの「南風」、多度津からの「しおかぜ」を合わせると3本の特急に乗り継いだことになる。鉄ちゃんならたまらない旅である。


松山駅の駅弁「しょうゆ飯」と「穴子寿し」。売り子のおばちゃんに聞くと「しょうゆ飯」は炊き込みご飯のことらしい。


素敵な名前に負けて夜食用に買った松山駅の2段重ね駅弁「マドンナ辨當」。坊ちゃんの舞台からとったネーミングですね。


内子の空は雪雲に覆われていた。チラチラと雪が舞っている。明日の久万高原までの山道歩きは大丈夫か、少し心配になる。


JR予讃線内子駅。古い町並みを意識したデザインだろうが、高架線の下にあるとなんか違和感が。


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