Let’s go o-henroad! 「お遍路ードプロジェクト」について

46日目「野宿の聖地が、大洲の橋の下にあった」(2015年1月25日)

歩数 16632 歩
距離 11.9 km

 朝、松山自動道大洲インター近くのビジネスホテルで目が覚めた。国道を通過する大型トラックの走行音が窓の隙間から忍び込んでくる。昨日の行程は予定外の2日連続の峠越えに加えて「1日20kmまでルール」を大幅に逸脱する長距離ルートだったから、太腿パンパン、ヒザガクガクの状態で大洲市街にたどり着いた。ちなみに1日の歩行距離28.4kmは、お遍路ード史上最長記録だったことが後に判明したのだが。
 「早くホテルに入って今日の原稿書いて、ひと風呂浴びて…。そのあとは雰囲気のいい居酒屋でビールだな」というシナリオがふたりの頭の中で勝手に書き上がっていたのだが、歩いても歩いても目指すホテルが現れない。いつの間にか「おはなはん通り」や「明治の町並み」など風情ある大洲旧市街の観光名所をスルーし、夜遍路にピッタリの駅前歓楽街も通り過ぎた。おかしい、いったい何が起きたんだ?

 じつは今回のお遍路ードの予約業務を全権委任されていた竹内記者が、珍しく失敗をやらかしていたのである。次の44番札所大宝寺までのお遍路道の途中にあるので、良かれと思って予約してくれたのだが、大洲市街を2km以上通り過ぎた町外れのインター近く、バイパス沿いのホテルだったのだ(ちなみにラブホではありませんでした、念のため)。土地勘のある高知ならばこういうミスはあり得ないのだが、そこはふたりとも愛媛では異邦人の歩き遍路さん、グーグルマップ頼みのロケハンに限界があったのだ。
 「いやー、申し訳ない。これはすべて私の責任です」と、竹内記者の落ち込みようが半端じゃない。心やさしい黒ちゃんは気の毒になって「明日の分も今日歩いちゃったと思えばいいじゃん。ドンマイドンマイ」と痛めたヒザをさすりながら慰めに入るが、竹内記者は落ち込んだまんまである。結局、この日は夜遍路に出る元気が出ないまま、ホテル内のとんかつ屋で揚げ物ばかりの高カロリーな晩酌兼夕食を済ませて、いつになく早めに床についたのだった。

 さて。今日の予定は喜多郡内子(うちこ)町までの10kmである。竹内記者のおかげで、今日の分も昨日歩いていたので余裕がある(笑い)。出発は午前9時とした。本日快晴の予兆である朝霧の中を歩き始めてすぐ、弘法大師伝説の残る「十夜ヶ橋(とよがはし)」に差しかかった。
 十夜ヶ橋は肱(ひじ)川の支流に架かる小さな橋の名で、1200年前、衆生済度大願のためこの地に立ち寄った弘法大師が、一夜の宿を探しあぐねてやむを得ずこの橋の下に泊まったという伝説がある。そのときに詠んだのが「ゆきなやむ 浮世の人を渡さずば 一夜も十夜の橋と思ほゆ」という有名な歌である。
 「迷い悩む世界にいる我々衆生を、速やかに常楽の彼岸に導くためにどうしたらよいかと思い悩んでいると、一晩が十夜に思えるほど長く感じた」との意であると、橋のたもとに建つ四国別格二十霊場八番札所「十夜ヶ橋永徳寺」のパンフレットにある。
 永徳寺は「弘法大師御野宿所」とも言われていて、橋の下には横になって布団にくるまったお大師さまの石像が祀られていた。そうか「野宿」って「御」を付けるほどの聖なる行為で、お大師さまもやっていたのか。黒ちゃんはビーパル編集部時代に数え切れないくらい野宿を(雑誌ではキャンプと称していた)したが、それがお大師さまと縁のある行為だったとは…。なんだかとっても気持ちがいい。
 ところで、永徳寺の向かいの十夜ヶ橋食堂の看板に「野宿飴あります」と書かれてあった。開店前でどんな飴なのか確かめられなかったのが残念である。なめてみたかったなあ。ビーパル編集部時代だったら絶対に取材に来ていたと思う。好奇心を刺激するネーミングも秀逸である。
 十夜ヶ橋から内子まで、昨日までの筋肉痛を道連れに、のんびり2時間余の旅であった。

〈お大師さまも橋の下で野宿したと聞いて一句〉
 十夜ヶ橋 お大師さまも アウトドア
黒笹慈幾


大洲の市街に入ってすぐの日帰り温泉「臥龍の湯」には、足湯のお接待がある。疲労困憊していた我々は足湯に寄る余力もなく、ひたすら予約してあるホテルを目指すのであった。とほほ。


愛媛県を代表する清流肱川。河岸には大洲名物の鵜飼い船がたくさん繋留されていた。夏に再び訪れたいと思わせる風情がある。


大洲市中心部に足を引きずりながらようやく到達。でもまだ、今日のホテルは現れない。どうなってんの?


朝、ホテルを出発してすぐ、有名な弘法大師の野宿伝説が残る十夜ヶ橋永徳寺に着いた。


弘法大師が野宿したといわれる十夜ヶ橋の下に祀られた弘法大師の石像その一。ポーズがお釈迦さまの涅槃像に似ているのは偶然ではないだろう。


橋の下に祀られた弘法大師野宿石像その二。こちらはふとんを掛けている。これは「お加持ふとん」といって病気平癒の護摩祈願を施した健康布団として永徳寺で売られている。なーるほどユニークなお遍路グッズである。


大洲市新谷の団子屋さんの店頭に用意されていたお遍路さん用ベンチで休みながら、地元のじいちゃんと話が弾んだ。黒ちゃんより10歳年上だった。


矢落橋の袂にある遍路小屋脇には清潔なお風呂場が作られていた。焚き口には親切に薪まで用意されている。薪で焚く風呂付きとは凄い。五つ星級の遍路小屋だ。


矢落橋の袂の遍路小屋の内部。板張りの清潔な室内も素晴らしい。夏ならば涼しく快適に泊まれそう。


今日の目的地、内子町まであと5km、1時間ほどの行程だ。


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