Let’s go o-henroad! 「お遍路ードプロジェクト」について

43日目 「思えば遠くへ来たもんだ」(2015年1月22日)

 2015年あけましておめでとうございます。黒ちゃんのブログ「釣りときどきお遍路」日記の年明け最初のこの原稿を、窪川から宇和島に向かうJR予土線の車内で書いている。今日は移動日で、高知駅発11時39分の南風3号中村行きに乗り、窪川駅で予土線に乗り換え、宇和島駅到着が15時28分。所要時間3時間49分である。
 黒ちゃんと高知新聞竹内記者とお大師さまの「同行3人」の旅は、前回の終わりの地点から次の旅を始めるという「区切り打ち」方式の歩き遍路。旅が進めば進むほど二人の住んでいる高知市内から次の出発地までの移動に時間を要するようになる。旅を終えてからの帰り道もどんどん遠くなる。2014年5月から尺取り虫遍路を始めて8か月目、歌の文句じゃないけれど「思えば遠くへ来たもんだ」(1978年海援隊)である。
 前回の旅は愛媛県宇和島市郊外の42番札所・仏木寺(ぶつもく)寺で終えた。今回は1週間の予定で宇和町の43番札所・明石(めいせき)寺から大洲、内子と刻んで久万高原の足元あたりまで進めればと思っている。久万高原町の44番札所・大宝(だいほう)寺までは少し日数が足りない。難所といわれる「遍路ころがし」挑戦は、次回の2月のお遍路ードに回すことになりそうだ。

 と、ここまで書いて車窓から外に目を転じれば、冬の四万十川がはるか下にクネクネとのたうって流れている。窪川駅を13時20分に発車した予土線のホビートレインは、いま打井川から土佐大正に向かって川沿いを走っているところだ。この時期に釣り人はいないし、渇水で水量も少ないので、大河の四万十川といえども妙にリラックスした感じでのんびりモードで流れている。
 黒ちゃんがビーパル編集部に在籍していた1980年代前半は、東京からこのあたりの四万十川の河原によく通った。春、夏、秋のカヌー、夏の鮎釣りである。三島でキャンプもしたなあ。半家(はげ)の激流で落ち鮎の大物を掛けて大立ち回りもしたっけ。そんな30年も昔の遊び場を上から見下ろしながら、開創1201年目の最初のお遍路で伊予路に向かうことになるとは…。高知との不思議な縁、いや腐れ縁を感じる黒ちゃんであります。

 さて。1200年目のお遍路と1201年目のお遍路と大きく変わった点がひとつある。装備である。先の宿毛から宇和島までの冬遍路を、少し甘く見て夏の装備プラスアルファで切り抜けようとしてひどい目にあったので、今回は黒ちゃんのお遍路ードプロジェクトの装備のスポンサーになってもらっているモンベルにお願いして、冬の本格装備に切り替えたのだ。
 歩き遍路は登山ほどではないが汗をかくので、保温性と蒸れ防止の両方の機能を持ったウエアのシステムがいる。やや厚手の、通気性と保温性に優れた下着&防風性と通気性を兼ね備えたアウターウエアの組み合わせが基本である。また、できるだけ歩行中に汗をかかないようにし、休憩時などは必要ならば重ね着をして体温をキープする工夫も大切だ。靴も、夏はショートカットのアゾロだったが、北アルプス経験がある(と言い張る)竹内記者の助言に従い、ミドルカットでゴアテックスのタイプに変えた。冬の冷たい雨に濡れて足が前に進まなくなった12月の経験に学んだのだ。

 1200年目から引き継ぐ取り組み(笑い)もある。今回も、その日のお遍路のあれこれの総括を17文字の句にのせて残していくつもりである。出来はまちがいなく玉石混交になると思うが、黒ちゃんの道楽だと思って、よくできた時には笑ってやってください。

〈1201年め最初の一句〉
今回は フォークで来たなと 大師言い
黒笹慈幾


窪川駅の跨線橋から見えた四万十町の新庁舎。高知産の木をふんだんに使った設計になっていると聞いた。JRの線路を挟んで庁舎があり、ご覧のように長い渡り廊下が両方を結んでいる。


窪川駅で。なんとも派手なボディのJR予土線宇和島行きに乗り込む。黒ちゃんの冬装備のオレンジとボディのオレンジが見事にペアルックになってますね(笑い)。


ボビートレインの床全面に派手なペイントが。海洋堂カルチャー恐るべし、である。


窪川→宇和島を結ぶJR予土線を走る人気のボビートレインの車内。ショウケースの中に海洋堂のフィギュアがズラリ。


今回は万全の冬遍路装備姿で宇和島駅頭に降り立った黒ちゃん。上半身のウエアの基本カラーを暖色系のオレンジにして、見た目の暖かさも意識してます。


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