Let’s go o-henroad! 「お遍路ードプロジェクト」について

20日目「スーパーお遍路ばあちゃんが、お大師さまに見えた」(2014年7月20日)

歩数 23,547歩
距離 16.9km

  朝6時すぎに「四万十の宿」の露天風呂に浸かっていると、生垣の間から朝の陽が差し込んできた。それがやけに眩しい。今日の太陽くんは昨日と違ってかなり元気そうだ。昨夜の食事のあと、ホテル内の素敵なバー「菩提樹」で竹鶴のハイボールを飲みながら「明日は暑くなりそうだから、早めに出ましょうかね」と同行の竹内記者が言っていた通りだ。
 本日の行程は、四万十川河口の下田港から渡し船で対岸の初崎に渡り、国道321号線に合流、津蔵渕峠を越えて土佐清水市の下ノ加江までの移動である。食事を7時30までに済ませ、8時には出発するつもりでいたのだが「菩提樹」のモーニングコーヒーがあまりにも美味しくて、ついつい長居してしまい、宿を出るのが結局9時ごろになってしまった。
 宿から下田港に下るアスファルト道路の照り返しが、すでに熱い。港に着いた時にはもう全身ビッショリである。だが、汗のおかげで川風が心地よい。天下の四万十川を渡る川風でクールダウンしながら対岸に渡るという、なんとも贅沢な「下田の渡し」であった。
 国道321線、津蔵渕の登りはかなりきつかった。木陰もなく、車の騒音と照りつける太陽とに追いたてられるように先を急いでいると、坂を登り切ったあたりに久しぶりの木陰が見えた。慌てて駆け込んだオアシスには、先客がいた。小さなリヤカーのようなものが停めてあり、その横でおばあちゃんが涼んでいる。リヤカーと見えたのはじつは手作りの台車で、丈夫なステンレスのタイヤが取り付けられている。 驚いたのは、その上にものすごい量の荷物が括り付けられてあったことだ。ざっと見ただけでも、テントや鍋、釜といったキャンプ系の用品のほかに殺虫スプレーやらハサミやら、お茶の間で見かけるありとあらゆるものが積んである。おばあちゃんの顔は日焼けしていて、前歯も何本か欠けている。都会で出会ったら間違いなくホームレス扱いされるだろう。でも、話をしてみると違った。話し方も答え方も上品な「歩き遍路さん」だった。
 スーパーお遍路ばあちゃんの話を要約すると、以下のようであった。
 〈年齢は77歳。 持病は特にない。100kgを越す台車に生活用具一切を積んで、お遍路をしている。1日に平均して15kmくらい歩く。「四国88カ所巡り」は17周で卒業して、いまやっている「四国36カ所不動巡り」は14周め。60歳のときに65歳だったご主人をなくし、淋しさをまぎらわせるために始めた四国巡礼の旅が楽しくなり、神戸にある自宅にはほとんど寄らずに1年の大半をこのスタイルで歩いている。88カ所巡りは、札所で出会うお遍路さんたちの振る舞いが騒々しくてイヤになり、不動巡りに転向した〉
 「四国36不動霊場巡りは、36巡以上はできない決まりになっていてね。でも、それまでは生きられないからだいじょうぶ」「お大師さまに会えるというので、7巡目と13巡目に逆打ちをやったけど、とうとう会えなかったなあ」
 と、スーパーお遍路ばあちゃんは朗らかに言った。黒ちゃんは一瞬、「お大師さまはここにいるじゃないの」と言いかけて、言葉を飲み込んだ。
黒笹慈幾




「四万十癒しの里」の一画にあるホテル「四万十の宿」は中庭を囲む形で作られたコテージ風の建物。我々は2階のメゾネットタイプの部屋をキャンセル待ちで確保した。結構なお値段なのだが、連休中とあって家族連れで満室だった。


ホテル内のカフェ&バー「菩提樹」のコーヒーは素晴らしい味。昨晩味をしめていたので、モーニングコーヒーもいただいた。


カフェ&バー「菩提樹」。夜のバーも素敵です。


下田港ではちょうど「水戸柱祭り」が行われていた。船の真ん中に鎮座したお神輿が愉快。


四万十川の河口を横切り対岸の初崎に渡る。川風が心地よい。


「下田の渡し」と呼ばれるシステムは四万十川最後の渡し船だそう。必要な人は電話で予約する。


スーパーお遍路ばあちゃんと私。向こうに見えるのが総重量100kgを超えるというスーパーヘビー級台車。四国88カ所巡りは17周で卒業、そのあと始めた四国36カ所不動巡りは14周めだそう。黒ちゃんにはこのおばあちゃんが、お大師さまに見えた。


スーパーお遍路ばあちゃんが見せてくれた四国36不動霊場巡りの納経帳。中を覗くと確かに14周めだった。


下ノ加江に入ってお腹が空いたので、ここでたこ焼きランチを、と思ったが…。ご主人が選挙運動中は休業しているそうで、残念ながら食べられず。奥さんは気の毒に思ったのか、冷たい文旦ジュースのご接待をいただいた。




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