Let’s go o-henroad! 「お遍路ードプロジェクト」について

17日目「朝の中村の町を歩く」(2014年6月30日)

歩数 0歩
距離 0km

中村で6月のお遍路ードを打ち止めにする決断をしたことで、同行の竹内記者は高知新聞社内の了解をとるのに苦労をしたのではと心配になった。なにしろ記事中で「金剛福寺まで行く予定」と書いておきながら「中村で中止します」となったわけだから。上司は「なぜだ?」「理由はなんだ?」「読者にはなんて説明するんだ?」と問うはずだ。
「黒ちゃんの腰のご機嫌のせいで、社内の居心地が悪くなってすまんのう」と謝ると、「なんのなんの、ぜんぜん大丈夫ですよ、ドンマイドンマイ」とケロッとしている。今まで気づかなかったが、竹内記者は見かけによらず大物かもしれない。(笑い)

さて、「もう明日は歩かない」と決めた夜は、ずいぶん気が楽になる。高知新聞幡多支社の若手記者さんたちと細川支社長、それに前任の支社長の鍋島さんも加わって「慰労会」に誘われた。本当は金剛福寺に向けての「壮行会」のはずが「残念会」になっちゃったので、多少後ろめたくはあったが、お腹も空いていたので遠慮なく参加させていただいた。
お店は市内の高級居酒屋「わかまつ」。カツオの塩たたき、トコブシの煮物、ゴリの佃煮、テナガエビの唐揚げ、川海苔の天ぷらなどなど、中村ならではの居酒屋メニューを堪能し、7月後半の中村再訪を約束して別れた。

翌朝、前日汗まみれになった衣類を洗濯するためにホテル裏手のコインランドリーに行った。日曜日の午前9時過ぎの街はがらんとしていて、途中出会う人もなく、コインランドリーにも人影はなかった。さびれたという感じではない、落ち着いた旧市街の佇まいは中村という町の歴史の奥深さを感じさせた。
ホテルへの 帰り道、レトロな外観の床屋さんを見つけた。看板には「理容 山崎」とある。そういえば種間寺の「小野理容」でお大師様カットしてもらってから1ヶ月以上経っている。迷わず散髪することにした。旅先で初めての店での床屋談義は楽しい。13歳でこの世界に入ったという理容 山崎のご主人は大正13年生まれというから、キャリア70年以上のベテランで、バリカンやハサミを持つ手は歳を感じさせなかった。ボケ防止も兼ねてこの歳までお店を続けていると話してくれた。

散髪をしながら、6月のお遍路ードの7日間の旅を振り返っているうち、不意に昨日見た四万十川の美しい夕景と、その懐に栄えた中村の街の姿が重なった。そうか、中村の街と四万十川は一体なのだ。中村あっての四万十川であり、四万十川あっての中村の街なのだなと。

ひと月もしないうちに、再びこの街から、四万十川を見ながらの歩き遍路旅が始まる。
黒笹慈幾




前日の四万十川左岸歩きで見かけた、柴漬け漁の様子。長い汽水域を持つ四万十川ならではの伝統的な漁法である。この川とそこに根付いた生活や文化を大切にしたいものだ。


ホテルになかったので、散歩がてら市内散策して見つけたコインランドリー。日曜日の朝とあってか誰もいなかった。朝の日差しがすでに暑い。


洗濯帰りの散髪は人生で初めて(笑い)だった。しばしご主人と四方山ばなしで盛り上がった。2年前に彼岸に行った私の父と同じ年なのに、まだ現役を続けているのはすごい。「写真を」と言ったら「お店ならば」ということで、この写真。レトロです。




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