2023.01.21 09:30
発光する「津軽の冬」 青森県立美術館で菅原一剛写真展 「土佐典具帖紙」プリントも
Kizukuri.Tsugaru.2021
写真家・菅原一剛の個展「発光」が青森県立美術館(青森市)で開かれている。今回の展示は青森県西半部「津軽」の風土に魅せられた菅原の20年に及ぶ撮影の集大成となる。津軽の雪の風景を被写体の中軸として、その地に注ぐ「あたたかな光」を表現するコレクションである。地吹雪にも見舞われる極寒の地における「あたたかさ」を「光」に見いだす菅原の写真表現は、さまざまな撮影技法とプリント技術によっても導かれている。その一つとして「世界で最も薄い紙」と称される高知県の「土佐典具帖紙」へのプリントも初めての試みとして使われている。展覧会の全容を紹介する。
「津軽との出会いは、ゴミの山との出会いから始まった」。菅原は述懐する。青森県弘前市に本社を置いている会社の依頼によって、そのリサイクル工場の撮影に訪れた。そこで見たものは「ゴミ」ではなく、熟練した人たちの手によって丁寧に選別されて積み上がった「鉄の資源」だった。
Sendai.Miyagi.2013
Goshogawara.2015( 五所川原市五月女萢遺跡、五所川原市教育委員会蔵 )
展覧会場の一室は、正面に廃棄物から生まれた鉄片の山の写真が展示されている。その両側面には「縄文式土器」が並ぶ。現代と太古が時空を超えて対面する。鉄片たちは幾何学的でクールな抽象画のように姿を変えている。そして後期縄文式の特質でもあるというシンプルな土器のフォルムが、菅原の明晰なモノクローム写真によって際立つ。鉄片と土器。それら「モノ」に対する「光」の当て方、すなわち「モノ」の新しい見方を提示している。
Kizukuri.Tsugaru.2021
そしてメーンとなる一室は、冬の津軽の光をとらえたコレクションとなる。コレクションは、いくつかの撮影・プリント技術で構成されている。現代的なアプローチをした湿板写真があり、最新のプリント技術があり、さらには高知県いの町の浜田兄弟和紙製作所が特別に制作した「土佐典具帖紙」にプリントした作品も展示されている。それらはいずれも「あたたかな光」を表現するための手段である。菅原は書く。
「春には弘前城に桜が咲き誇り、秋には岩木山の麓一周がりんごの実で真っ赤に染まる。そして冬になると、あれだけ色鮮やかだった景色が白一色に一変する。地吹雪になると、それこそ目の前のすべてが真っ白で何も見えない。ところが、その真っ白な視界に忽然と太陽がすがたを現す時がある。真っ白な視界が少し明るくなって陽が見え始めてくると、光を受けて雪がキラキラと輝き出す。その眩しさは、風の中で光の化身が舞っているようでもあり、言葉にするのが難しいほど美しい。そして、地吹雪のなかですっかり冷え込んだ自身の体に光が当たると、このうえなくあたたかい光の温度を感じることができる」
Kanagi,Kitatsugaru,2010
私たちは当然のことだが、夏よりも冬に「あたたかさ」を求める。そして闇の世界を照らすために、光は切実なものとなる。温度も光も命をつなぐために不可欠なものである。地吹雪の中に身を置くという行為は、いくぶん死に近づいていくことでもあろう。その「仮死」の試みの中で「忽然と」現れる太陽がある。「あたたかな光」に包まれる。その生死の瞬間を作家は撮影しているのだ。
菅原は作品展のタイトルを「発光」とした。ただ受け身に光は降り注ぐばかりでなく、自らの心からも発する光がある。そんな意味を込めているように感じた。(竹内 一)
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菅原一剛写真展「発光」は青森県立美術館で1月29日まで開催されている。入場無料。
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すがわら・いちごう 1960年札幌市生まれ。大阪芸術大学芸術学部写真学科卒業後、早崎治氏に師事。フランスで写真家として活動を開始して以来、数多くの個展を開催。2005年、ニューヨークのペース・マクギルギャラリーで開催された「Made In The Shade」展にロバート・フランク氏と共に参加。日本赤十字社永年カメラマン。大阪芸術大学客員教授。
◆昨年4月24日は高知県出身の植物学者・牧野富太郎博士の生誕160年の記念日でした。同日付の高知新聞を包み込んだ博士が採集した桜の標本写真は、菅原一剛さんが撮影しました。本紙特設ウェブサイトでは菅原さんのサインが入ったオリジナルプリントを販売しています。菅原さんの牧野博士を愛する思いや標本の美しさについて語ったインタビューもあります。ぜひご覧ください。