2022.06.26 08:40
珍でカオスな大衆酒場 「珍々亭」に名物店主―ちいきのおと(76) 本町1丁目(高知市)
笑顔がすてきな名物マスター、長崎俊太さん。知的で“痴的”なジョークも魅力(写真はいずれも高知市本町1丁目)
かつての繁華街だった一角で、名物マスターがいる古くてカオスな大衆酒場が奮闘している。コロナ禍に負けず、酔っぱらいたちは元気だ。その名も「珍々亭」―。
外はまだ明るい午後6時。カウンターで5人がビールをごくり。日本酒をちびり。
L字形の「珍々亭」の店内。二つの入り口のどちらからも入れる
「いらっしゃ~い。こっちへ座りや」
白い長髪に口ひげ、穴だらけのエプロン姿。舌を出して笑うアインシュタインのような雰囲気だ。足元の一升瓶から、自分のグラスにどぶろくを注いだ。
「新発売はあれ」
指さすメニューは「閑古鳥たれ焼600円」。黒板には魚のすり身や山芋の「珍々焼」「珍トロ揚」。「四万十川エビ(うそ)」など、お手頃価格の料理がざっと80種類並んでいる。
◇
60年以上この場所で―。「大衆酒場」の看板に灯がともる
マスターは法政大学卒業後に県内で就職し71年に店を継いだ。以来、「お客と一緒に、酒にのまれながら仕事をする日々」が続く。漢詩に造詣が深く話題はちょっと知的で“痴的”。ジョークと皮肉を連発する。
「ハムカツつくってや!」「こっちは油淋鶏(ゆーりんち)ぃ~」
声に応えて料理を出すのは、娘のうららさん(46)と、あおぞらさん(43)。マスターの妻は、25年ほど前に「豆腐を買いに行ったっきり」だそうだ。
常連客の女性は自分でビールを注ぎ、さっき入ってきた小学校の校長先生が先客の食器を片付けている。
カウンターの中も外も溶け合った、酔っぱらい天国。マスターはカウンターでコップを傾けて客と話し、時々皿を洗ったり酒を注いだり。「お客が酔っぱらうばあ愉快なことはない」と、店内を漂う。
トイレの壁にマスターの毛筆。右は「1日の酔いは、高官に就くよりよっぽど大事」。左は「ぺこぺこするやつに限って忠心が薄く…」。漢詩の一節で、ざっとそんな意味らしい
追い打ちを掛けたのは橋本大二郎知事(91~2007年)の官官接待廃止。「あれが一番弱った。高知の酒文化が否定されたようだった」と苦い顔だ。
◇
「みなマスターに会いに来る。くせがあるけど顔が見たくなる。長く続いてほしい」
20年通う男性が、アジの刺し身を口に運んでつぶやいた。
マスターは10年ほど前、心筋梗塞を患った。80歳間近。店の将来は?
「分かんない。教えて?」
白ひげをちょっと上げてほほ笑み、コップのどぶろくをうまそうにあおった。
珍でカオスな夜が更けていく。(報道部・八田大輔)
甲藤雅彦さん(68)歯科医
昭和30年代は子どもがいっぱい。ここらには駄菓子屋も銭湯もあった。薬局だった自宅から歩いて30秒の東映劇場にもよく通ったなあ。立ち見が普通の頃で、家の椅子を持ち込んじゃあアニメの「白蛇伝」とか「西遊記」を夢中で見てた。今は駐車場だらけの街になりましたが、所々に昭和の香りが残ってますよ。