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2022.06.06 08:37

土佐の源平合戦を追う 源希義、決起寸前で討死 兄頼朝に呼応できず

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源希義の墓とされる「西養寺跡 無縫塔」。県内では数少ない室町時代以前の無縫塔で、高知市保護有形文化財(高知市介良)

源希義の墓とされる「西養寺跡 無縫塔」。県内では数少ない室町時代以前の無縫塔で、高知市保護有形文化財(高知市介良)

 現在放映中のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で描かれた源平合戦は、日本史上初の全国的な戦乱だ。ドラマには登場しないが、土佐も無縁ではなかった。「鎌倉殿」こと源頼朝の弟希義(まれよし)が、唯一の味方だった土地の豪族、夜須行宗とともに決起を図ったが、平家方に討たれたとされる。行宗は間一髪で脱出し、鎌倉の頼朝軍に合流。土佐討伐軍に加わって平家方を滅ぼし、本領を取り戻した。鎌倉幕府による歴史書「吾妻鏡」や、戦記物語に断片的な記述があるだけで詳細は不明だが、地元の言い伝えを絡めて「土佐の源平合戦」を追った。

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