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2022.05.30 08:35

拳闘への情熱 今は木に ブンタン農家 松岡良太さん(32)宿毛市―ただ今修業中

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念を入れて2回行う授粉作業。遅れて咲いた花を探し、優しく花粉を付ける松岡良太さん(宿毛市宇須々木)

念を入れて2回行う授粉作業。遅れて咲いた花を探し、優しく花粉を付ける松岡良太さん(宿毛市宇須々木)


 木々が白い花を付け、甘い香りが一帯を覆っていた。5月上旬、宿毛市宇須々木のブンタン園「松岡農園」。農家にとっては授粉シーズンの到来だ。

 ブンタンは自然に任せた受粉が難しく、小夏の花粉などを混ぜたものを手作業で付ける。使うのは、先端に小さな綿毛がある長い棒。ちょん、ちょんちょん。優しくめしべに触れながら「来年の収穫が待ち遠しい」と目尻を下げた。

 昨年大阪から移住するまで、プロボクシングの世界で生きてきた。旧姓は矢田。ウエルター級の元日本王者で、戦績は28戦20勝(17KO)。「浪速のターミネーター」と称されたファイターは今、日の光をいっぱいに浴び、農作業に精を出す。

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 大阪府枚方市出身。幼い頃から「周りの人とは違う人生を送りたい」と考えてきた。中学卒業後、プロ野球選手を志して鹿児島県の高校へ。しかし肩や肘を痛めて挫折し、卒業後は兵庫県で民間企業に就職した。

 「なんや、結局は普通の人生やな」。煮え切らなさを抱いて出席した成人式。「二十歳からでも人生は変えられる」との祝辞を聞いて「雷に打たれた」。身体能力と腕っ節には自信があり、ボクシングジムの門をたたいた。すぐに頭角を現し、現在の妻、江利さん(34)に支えられてプロへと転向した。

 「日本で一番練習すれば日本一になれる」と、午前5時に起きて午後10時過ぎまで鍛錬を重ねた。癒やしは江利さんの父、郁夫さん(68)が営む松岡農園のブンタン。「甘酸っぱさが好きで。食べると、気分がさっぱりした」。しかし、農園には跡取りがいないとも耳にした。

 「農家を継ぐ」。2018年の日本タイトル戦直前、初めてそう口にした。ただ、その時は自分を追い込むためで、魂はまだリングにあった。努力は実を結び、ベルトを巻いた。

 翌年末に臨んだWBOアジア・パシフィック王座決定戦で敗北。世界との差、自身の限界を感じ始めた頃に次男が生まれ、心を決めた。「ずっと自分のことばかり考えていた。これからは自分に向けていたエネルギーを子どもたちに注ぎたい。家族が支えてくれたから全力で打ち込めた。その家族を支えたブンタンがなくなるのは、寂しい」

 昨年11月に引退し、すぐさま宿毛にやって来た。決意を込めて、姓を松岡に改めた。

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好きな言葉

好きな言葉

 農家として初めて迎えたこの春、30アールの果樹園を任された。「良太、こうだ」。枝葉の剪定(せんてい)で手本を示す郁夫さん。だが、何がどうなっているのか全然分からない。

 それでも必死に食らいつき、枝を切ろうとするものの「切ったら取り返しが付かない」と思うと手が止まる。そんな苦悩を、郁夫さんはじっと見守る。「今の作業が1年後にどうなるか、体で学ぶしかない。見よう見まねでもやってみないとね」

 農園に届いた手紙を読んだ。「おいしかったです。来年も楽しみにしてます」。「楽しみにしてくれている人がいるんだ、(松岡農園が)なくならなくてよかったなって。これから頑張らないとなって」

 分からないことはまだ多い。でも全力で木に愛情を注げば、きっと木も返してくれる。だから全身全霊、心を込めて手入れする。「全力で向き合うことはボクシングと一緒かな」。人生の第2ラウンドは、今始まったばかりだ。

 写真・佐藤邦昭
  文・坂本出

高知のニュース 宿毛市 ただ今修業中 ひと・人物 農業

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