2022.05.16 08:00
【比大統領選】強権路線では安定しない
フィリピン大統領選は、フェルディナンド・マルコス元上院議員が圧勝した。父は故マルコス元大統領で、1986年まで20年にわたり独裁を敷き、不正蓄財や人権弾圧が批判された。国外脱出を図った経緯があり、その一族の復権には国民の一部に根強い拒否感がある。
マルコス氏は全土で票を集め、対抗馬の人権派弁護士に大差をつけた。副大統領選は、ドゥテルテ大統領の長女サラ氏が当選を決めた。
マルコス氏の得票は前回選挙でのドゥテルテ氏の2倍ほどになった。出身地の北部ルソン島のほか、連携したサラ氏の地盤の南部ミンダナオ島で支持を広げた。
政権運営についてはドゥテルテ氏の路線踏襲を訴えてきた。インフラ整備や治安面に一定の成果があった。さらなる改善を望む有権者から支持を得た格好だ。
ただ、麻薬犯罪対策は不可欠とはいえ、容疑者の超法規的殺害も辞さない取り締まりを進めたことに深刻な人権侵害が指摘された。このようなことを繰り返してはならない。
選挙を巡っては、交流サイト(SNS)での情報拡散が威力を発揮したという。独裁政権時代から時間がたっている。そのころを知らない大票田の若者層に向け、虚実を織り交ぜた情報で強い指導力を印象づけ、期待感を高めたようだ。
今日的と言えなくもない。だが、虚構に乗っかりながらの主張では、選挙の公正性にも関わってくる。そもそも多くの市民の拷問、殺害を招いた独裁時代を美化する姿勢は受け入れられない。指導力を掲げても、実際の国民生活が上向かなければ高揚感もやがて失望に変わる。
国民の不満は、独裁を続けた元大統領の国外脱出後も、民主化や経済成長の果実を思ったほどには得られなかったことにあると指摘される。それに対するいらだちが、マルコス氏の当選の要因となったとすれば皮肉でもある。
新型コロナウイルスの流行で落ち込んだ経済の回復や物価高への対応など、課題は山積している。選挙で訴えた国民の結束をどう実現するかは安定の鍵となる。独裁時代への反発は根強く、選挙結果に納得しない市民の抗議集会やデモも行われた。強権的な手法をとってはかえって分断を助長してしまう。
外交面では、ドゥテルテ政権は米国と距離を置いた。一方、中国に対して摩擦を避けて実利重視で臨んだ。南シナ海の領有権の主張に反発しながらも事実上棚上げし、経済支援を引き出す対応が目立った。
マルコス氏も同様の姿勢をとるとみられている。日本とは、海洋進出を進める中国を見据え安全保障分野での協力も進んでいる。経済や人権、安保など多岐にわたる課題と向き合いながら関係を深め、地域の安定へとつなげることが必要だ。