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2022.04.18 08:38

誰よりも分かりやすく 自動車教習指導員 佐々木那奈さん(23)高知市―ただ今修業中

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いつも笑顔の佐々木那奈さん。「優しい指導員ですから」(高知市一宮中町3丁目の「一宮高知県自動車学校」)

いつも笑顔の佐々木那奈さん。「優しい指導員ですから」(高知市一宮中町3丁目の「一宮高知県自動車学校」)

 助手席に教習生を乗せ、縦列駐車の場所近くに車を止めた。そのまま車が動かない。数分、いや10分? ようやく動き出し手本を見せると、教習生に体験させた。方向変換も同様に時間をかける。聞けば、教習生に教本を見せてじっくり説明し、操作をしっかりイメージさせていたそう。

 「教本を使って分かりやすく教えてくれた。僕の目線を確認しながら教えてくれる気遣いもうれしい」と教習生。それを伝え聞くと、「めっちゃうれしい」。顔がほころんだ。

 ◆

 飛び込みの日本代表選手だった。「負けず嫌いで、極めたいという気持ちが強かった」。競技に打ち込み、トップ選手に成長した。しかし2016年リオデジャネイロ五輪は最終予選で出場権を逃す。東京五輪に向け世界と戦っていた翌年夏、左足甲に原因不明の激痛が走った。

 飛び込み台のコンクリート床を蹴る動作が痛くてできない。ランニングも駄目。痛み止めも効かない。医師には「痛みと付き合っていくしかない」と言われた。練習ができないから結果が出ない。そのうち後輩が力を伸ばしてきた。「負けるぐらいなら飛び込みをやめる!」。大学1年の夏。飛び込み台を離れた。人生の目標を失った。

 「気晴らしに車の免許取ったら?」。母の誘いで通った、高知市内の教習所。手本を見せる教習指導員に、はっとした。

 「この仕事、楽しそう」

 スキーインストラクターのバイトなど、人に教えることが好きだった。ただ、指導員の国家資格は21歳以上が対象。当時18歳。諦めざるを得なかった。

 帰郷し、バイトなどで過ごしていたある日、ネットで今の職場が指導員を募集しているのを知った。あの夏の思いがよみがえった。21歳になった翌月に入社。国家資格を取得し、念願の指導員になった。

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好きな言葉

好きな言葉

 1カ月後、初めて助手席で運転を指導した。10歳ほど年上の女性でS字のコマ。「すっごい緊張しました。でも、意外に教えることができて楽しかった」

 先輩をまねるばかりだった指導も工夫を重ねた。例えば坂道発進と後退のコマ。メインの坂道発進から始めると、後退の時間が短くなりがちだった。「後退時の外輪差などをじっくり教えたいから、坂道発進は後にしよう」。路上教習も免許を取った後を意識させようと周りに迷惑を掛けないマナーも伝える。

 失敗もある。最もショックだったのは、担当した学科のアンケートで「分かりづらかった」と書かれたこと。「100%を伝えたつもりでも、50%しか伝わらないよ」。国家資格を取る際の教官の言葉を思い出した。

 負けず嫌いに火が付いた。いや、私は100%伝わる方法を考える―。説明をかみくだいたり、言い回しを考えたり。分かりやすさを徹底した。「他の指導員と違う言い方で分かりやすい、と言われた時はうれしかった」

 この夏でデビューから2年。自分の型ができてきた手応えを感じると同時に、もっと開拓できる部分はないか探す毎日だ。

 「教習生に安全運転をしてもらうために、教習所はいっぱい失敗してもらう場所。どんな質問にも答えられるような知識豊富な指導員になりたい。誰よりも分かりやすい教え方をしたい」

 極める姿勢は、今も変わらない。

 写真・山下正晃
 文 ・竹内竜一

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