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2007.06.11 08:00

『本城直季 おもちゃな高知』この坂を越えると

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高知市浦戸


 何度この坂を上ったことだろう。桂浜へと続く最後の坂道。初めて上ったのは高校3年に上がる前の春休みだった。
 
 地元福岡県から、鈍行列車に揺られての旅。坂本龍馬の奔放な生き方にあこがれ、受験を前に「頑張るぞ」と同級生と桂浜を目指した。そびえる台座の上から大海原を見下ろす龍馬。果てなく続く水平線と荒々しく押し寄せる波。一目で魅せられた。
 
 2度目に訪れたのは、その年の夏。志望校を高知大に絞り、大学を見に行くという名目で桂浜に下り立った。3度目は受験した日の夕方だった。合格発表の日は夜行バスに乗って来高し、自分の番号がない掲示板を見て桂浜へと向かった。何をしたという記憶はない。ただぼんやりと海を見ては、本を読んでいた。
 
 浪人生活を経て高知大に入学した。何かことがあるたびに桂浜に向かった。片道1時間以上かけ、買い物自転車で。友達と連れ立っていき、途中のコンビニで弁当を買って浜で食べた。しし座流星群が天体ショーを披露したときも友達と駆けつけた。浜に並んで寝転がり、朝が来るまで大空を見上げて語り合った。将来の夢や不安、恋の話も桂浜でなら不思議と打ち明けることができた。

        ◇
 
 6月のある日。久しぶりに自転車にまたがり桂浜に赴いた。晴れ渡る空のもと、勢いよくペダルをこぐ。花海道に出ると浜風に乗って潮のにおいが漂った。最後の坂に着くころにはすでに青息吐息。自転車を押して上ると自分に負けてしまうようで、歯を食いしばる。ジグザグに曲がりながらも上り切る。
 
 自転車を止めて浜へ向かった。いつものルートで、まず龍馬像へ。前に立つと心の中であいさつをする。この日は「こんにちは、お久しぶりです」と声を掛けた。浜へ下りる階段でひざが笑う。自転車で来た時はいつもこうだったと、つい顔がほころんだ。
 
 さあ着いた。浜に腰を下ろして海を見渡す。ゴーといううなりとともに打ち寄せる波。ザワザワザワと白い泡粒となって砂の上を走り、海へ引き返していく。いつもの光景。寝転んで本を広げた。ゆったりした時間の流れが心地いい。気が付くと、うとうと寝入っていた。
 
 ここは時間を忘れて1人になれる場所、自分を省みる場所。あらためて海を見やる。同じリズムで波が打ち寄せてくる。何度も見た海だが、この海もわたしを見守ってくれていたのではないかと思う。昔ここで友達と話したことを思い出す。そんな内証話も海に聞かれていたような気がし、こそばゆくなる。
 
 帰り道、坂道で思った。この浜と出合ってもうすぐ10年。この間、わたしは高知新聞社に就職し、大学で知り合った女性と結婚した。次は何を話しにここに来るだろう。久しぶりの桂浜に心が満たされたわたしは、なんとなく前向きな心になった。ちょっぴり幸せな気分。太平洋が見渡せるところでひと呼吸つき、再び出発。さわやかな風が全身を包み込んでくれて気持ちよかった。(加治屋隆文)

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