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2007.06.04 08:00

『本城直季 おもちゃな高知』りかこは、泣かない

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高知市の追手前小学校


 りかこ(6)は、朝から腹の立つことばかりだった。まず目を覚ますと、ゆうべ、抱っこして寝たはずのウサギのぬいぐるみがない。ニンジンを持ったかわいい、あたしのウサギ。部屋を飛び出すと、やっぱりだ。弟のケイ(3)が胸に抱っこして、にこにこ顔で歩いていた。
 
 「ね、返して。それ、おねえちゃんのでしょ」「いやだ」「どーしてよ」「だめったら、だめ。ぼくがだっこするの」
 
 ケイは踏ん張っている。りかこは腹が立つのを、ぐっと我慢した。お姉ちゃんだから、仕方ない。ほかのぬいぐるみにしなきゃ。花の冠をしたウサギがあったっけ。りかこはおもちゃを入れたクローゼットを開け、ごそごそ探した。でも、見つからない。次々引っ張り出すうち、ママがやって来て、目をつり上げた。
 
 「まあ、何してるの? 散らかして」「だってケイがー」「片付けなさい!」
 
 あたしのおもちゃなのに。ケイにウサギを取られたのに。それでも我慢したのに。お姉ちゃんは、なんて損なんだ。

        □

 あきらは、ちっこい。おまけに泣き虫。部屋を散らかしては怒られ、べそをかく。玄関外の段ボールにおもちゃをしまうころは、たいてい日が暮れて暗かった。怖くて、おもちゃを抱いてひっくひっく、しゃくり上げた。そんな泣き虫なのにいたずら好きで、学校でよく女の子の物を隠した。怒ったあつこ先生のげんこつが頭に落ち、目の中で火花が散ってひっくひく、あきらはまた泣いた。
 
 ミーちゃんは同い年の女の子で、あきらが幼稚園のころから知っている。でも恥ずかしがり屋だから、ミーちゃんに話し掛けられても「うん」としか言えない。かわりに心の中で、優しいミーちゃんの少し大きな耳を「トッポ・ジージョみたいだ」と思った。そのイタリア生まれのネズミのキャラクターを見るたび、ミーちゃんを思い浮かべた。

        □
 
 りかこが小学校に入学して1カ月が過ぎ、春の運動会がやってきた。前の夜、布団にもぐり、パパと約束した。「かけっこで2番ならお菓子、1番ならケイと一緒に遊ぶおもちゃね」
 
 りかこは懸命に走り、びりでゴールした後も、元気な声で友達を応援した。その後ろ姿をパパたちは見詰め、家に帰ってから「よく頑張ったね」と言葉を掛けると、りかこはわっと泣きだした。涙がぽろぽろ落ちた。我慢強く、負けず嫌い。いつもは泣かないからよほど悔しかったのだろう、とパパは思った。「すぐあきらめる、あきらだなあ」。そう言われた自分の子ども時代を思い出した。娘と同じ小学校に通っていた、あのころ。
 
 ちっこかったあきらが180センチの長身になり、トッポ・ジージョに再会したのは今から10年近く前。夏の花火が咲いた夜、「今度食事でも」と誘った。
 
 パパとママが結ばれ、りかこが生まれたとき、ちっちゃな体を抱いたあきらは胸がいっぱいで言葉が出なかった。「パパは今でも涙もろいのよ」とママは言う。大人は何で怒るんだろ。泣いたことあるのかな。不思議に思うりかこに尋ねられるたび、パパたちは子どもの時に立ち返る。(天野弘幹)

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