2007.04.23 08:00
『本城直季 おもちゃな高知』坂の上にある幸せ
キィーコ、キィーコと自転車で進む。商店街を抜け、踏切を越え、家々の並びが途切れると、長い上り坂が待ち構えていた。
坂の上には団地がある。ギィーコ、ギィーコ…。坂は急だ。ペダルに全体重をかけても自転車はなかなか進まない。4月半ばの太陽の下、シャツは汗だく。仕方なく自転車を降りて進む。
スズメやツバメの鳴き声が聞こえる。だんだんと見えてくる家々の庭先はツツジやパンジーの花がいっぱい。公園には、小さな子どもを連れたお母さん、歩行訓練をする老夫婦…。
「頑張ってますねえ」「こんにちは。ははっ」。和やかに交わされる会話。静かで穏やかな空間。汗だくから一転、春の風が心地よく、暖かい。
◇
高知市みづき。山の上に広がる広大な敷地に890区画。
「分譲開始から12年。おかげさまで、残りはあと40区画ほど。順調に売れています」
団地の一角にある不動産案内所の営業マンがにこやかに説明する。土地の値段がおよそ2千万円前後、建物を合わせると、3500万円から4千万円。
「やはり一戸建ては、ゆとりが違います。マンションだと、隣同士の付き合いがないこともありますから」
上り坂がきついと言われるが、市街地に比較的近く、路線バスも乗り入れているので上々の人気という。
マンションか、一戸建てか。地方の割に土地の値段が高い高知市で、これから家を持ちたい人には悩みどころ。「東京や大阪よりまし」と言われればその通りなのだが、ごく限られた人を除いて3千万円を超す買い物は一生に一度だけ。
市街地でマンション建設が盛んになる昨今、この団地の見学に訪れる人の中にも「利便性のマンション」か、「ゆとりの一戸建て」かと悩む人は多いそう。
「例えば、団地ならお酒を飲んで帰るときにタクシー代が結構掛かるでしょう? そのタクシー代は一生のうちでいくら使うことになるのか。計算している人、結構います」
◇
案内所を出た。公園のテーブルにお年寄りの女性3人が仲良く弁当を広げていた。1人は団地に住む息子夫婦と一緒に暮らし始めたという女性(70)。残りの二人は、かつて女性が住んでいた吾川郡いの町から遊びに来た友人たち。
「静かで、くつろげそうないい所」と友人たちは言うが、女性は不満をぽつり、ぽつり。
「若い人にはえいでしょうが、高齢者にはあんまりえいとは思いませんぞね。店が一軒もないし、友達もできません。団地に60歳以上の人が百何人おるそうですが、ぜんぜん姿が見えませんぞね。息子はなんでここを選んだろう…」
◇
40歳前後の夫婦が団地見学に上がってきた。
「やっぱり自分の家は欲しい。できれば庭も。でも、一戸建てはどうしても街から遠いし…。ここは割と街から近いけど、坂、きついっすね。うーん…」
一長一短。高知市周辺をあちこち見て回っては悩んでいるそうだ。(小林司)