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2019.12.27 08:35

スパルタ指導で300人育成 とさでん伝説のバスガイド 「さみしい時代に」

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現役時代の写真とともに「懐かしいねぇ」と笑顔の北岡香子さん (高知市西秦泉寺)

伝説バスガイド300人育成
 「皆さま、左に見えますのは伝説のバスガイド、北岡香子さん(84)でございます」―。15歳から旧土佐電鉄(現とさでん交通)のバスガイド一筋。退職する1983年までに300人以上の後進を育てた。観光の花形だったバスガイド。時は流れて今春、土電のバスガイドはゼロに。今も「先生」と慕われている“レジェンド”に思いを聞いた。 
 「これ、これ。当時はこの制服に、みんな憧れてねぇ」。高知市西秦泉寺の自宅で、北岡さんがアルバムを開いてガイド人生を振り返る。オレンジに赤、水色…。北岡さんはどの時代でも、カラフルな制服に身を包んだ教え子に囲まれている。

 家計を支えるため、高校を1年の1学期で中退。土佐電鉄に15歳で入社した。2年後、新人の登竜門とされる定期観光バスのガイドとしてデビュー。「高卒の同期に負けとうない」と休日は図書館にこもり、高知の地理と歴史を猛勉強した。

 「新人ガイドの指導員に」と、20歳で上司に命じられた。わずか3年のキャリアで、トラブルへの対応力、責任感の強さ、そして持ち前の明るい性格は群を抜いていた。

 以来、48歳で退職するまで土佐観光の第一線に立った。

 □ ■ 

中越真由美さんが今も大事に持っている北岡さん作成の観光ガイド台本

 「これは企業秘密やき。他社の人に見せたことないがやき」。北岡さんがそう言って真っ茶に変色した冊子を特別に見せてくれた。

 使い込まれた70ページは、これまた「伝説の一冊」。中に書き込まれた膨大な文章は、すべて北岡さんの自作。指導役になったのを機に偉人の墓を訪ね歩き、思いを膨らませ、台本に詰め込んだ。

 観光地の歴史や偉人の素顔、土佐人の気質に至るまで巧みに盛り込まれた名フレーズが続く。20代で作った台本はその後、2019年3月にとさでん交通がバスガイドの歴史を閉じるまで、60年以上にわたって受け継がれた。

 「幕末に近い安政の頃、橋らしい橋だったようですが、今は『糸のもつれと播磨屋橋は、どこが“はし”やら分かりゃせぬ』と歌われるような橋になっております」

 「これより長岡郡大津村に入ります。鹿児岬がこの右手の山でございます。この辺りは当時は海辺だったものですから、送別にかけつけた新任の国司の兄弟や里人が、磯部で別れを惜しんだものでございます」

 自作台本を手に、後輩を徹底指導。ひねりの効いた語りに団体客はバスを揺らして笑った。「土電じゃないといかん」と、リピート客が増えていった。

 戦後の土佐観光は、1959年にペギー葉山さんの「南国土佐を後にして」の大ヒットを機にどっと増えた。バスガイド需要も高まり、ピークの1970年代には旧土電は50人、県内全体で100人以上のガイドが活躍していた。

 その後、高速道路の延びとマイカーの普及でバス利用客は徐々に減った。「高知のはとバス」として旧土電と旧県交通が共同運行してきた定期観光バスは2003年に廃止。

 旧土電は2000年にバスガイドの採用を停止。2014年に旧県交通と統合し「とさでん交通」になった時点で9人。今春ついにゼロに。現在はバス会社などが必要に応じてとさでん交通OGらに頼んでいる。

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 「北岡先生は雲の上の存在。全てがそろった方。とにかく、怖かった」

 ガイド歴40年の旧土電OG、中越真由美さん=高知市二葉町=が修業時代を振り返る。「あの分厚い台本を覚えた子からバスに乗せてもらえる。同期に負けたくなくて必死でした」

 ある同僚ガイドは、観光地の紹介を言い間違えた途端、北岡さんに「あなたにバスに乗る資格はない」と途中で降ろされた。歩いて帰社したという。

 「お偉(えら)いさん」と旅館の宴席に座ることも多かった時代。北岡さんは「きれいなだけじゃガイドは務まらん」と、若手の振る舞いを、箸の上げ下げに至るまで目を光らせた。

 「話についていけるよう、新聞ぐらい読みなさいっ」。容赦のない指導に耐えきれず、社員寮に退職届を置いて脱走した女性もいたほどだった。

 北岡さんは「バスガイドは当時、憧れの職業。親御さんから預かった大切な子どもたちを、一人前に育てるのが務めだと思っていました」と思い出す。

 土佐観光の花形だったガイドたち。バスで技量を示す機会は減ったものの、苛烈な指導を受けた「北岡一家」の面々は今、結婚式の司会をやったり、選挙カーのうぐいす嬢を務めたりと、多方面で活躍しているという。

 中越さんは「ガイドとしてじゃなく、人間として成長させてくれた。北岡先生に出会えたから、今の自分がある」としんみり。

 「バスガイドは私の人生そのもの。感謝しかありません」。退職して36年。思いを込めて振り返る北岡さん。「昔はゆっくり時間が流れていた。観光地でお客さんと話せる時間があった。ガイドを使わなくてもいい時代になったというのは、さみしいけんど。えい時代に、えい仕事をさせてもらいました」(小笠原舞香)

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