2022年 06月27日(月)

現在
6時間後

こんにちはゲスト様

2019.06.27 14:30

高知 昭和51年 武吉孝夫の写真を歩く(3)木屋橋 水辺が覆われていった

SHARE

【写真1】「木屋橋」交差点の歩道橋から東を望む (武吉孝夫さん写真集「昭和51年を歩く」より)

【写真2】「かるぽーと」ができて17年。水辺が覆われ、橋も消えた (高知市はりまや町1丁目―九反田)

 「高知という地名は、『河中(こうち)』が変化したもの。それだけに水運が発達しちょった。ここはかつて、水路が交差した場所。四つの橋が架かり、『四つ橋』と呼ばれていました」

 武吉孝夫さん(72)=高岡郡四万十町=とともに、高知市はりまや町1丁目の歩道橋に上った。

 1976(昭和51)年、武吉さんがこの歩道橋上から東を撮影している(写真1)。

 「四つ橋」のうち、三つの橋が写っている。右手前が「幡多倉橋」。電車通りに沿った短い歩道は「木屋橋」。奥の鉄橋が「菜園場橋」。堀川の向こうに五台山が見える。…

この記事の続きをご覧になるには登録もしくはログインが必要です。

高知のニュース 昭和51年 武吉孝夫の写真を歩く

注目の記事

アクセスランキング

  • 24時間

  • 1週間

  • 1ヶ月