2013.05.14 08:44
緑つなぐ 転機の森林県 第1部 わが道(11) 銘建に懸ける(中)
「不退転の覚悟」
県内23の森林組合を束ねる県森林組合連合会。その会長の戸田文友(72)は、「高知おおとよ製材」への経営参加を決めて以降、この言葉が口癖になった。
大手集成材メーカー、銘建工業が高知進出で課題にした一つが、原木の安定調達。フル操業で必要な原木量は県内の近年の生産実績の5割に上る。この担い手に森連が手を挙げたことも、銘建誘致の一因になった。
戸田は2009年、津野町森林組合長から県森連会長へ。実は単組出身の森連トップは32年ぶり。低迷する林業界にあって、森連が自己改革に踏み出す象徴として、単組経営の経験が長い戸田に白羽の矢が立った。
「全く想定外だった」という戸田だが、「就いたからには」とリーダーシップを発揮し始める。
「県政との風通しが悪かった」として森連事務所に県職員が常駐する体制を敷き、連携を強化。弱さが指摘されてきた発信力では、ロビー活動も精力的。共産党の会合も出席をためらわない。
森連では初となる民有林の間伐目標も打ち出した。背景にあったのは「やりやすい公有林の仕事に偏ってきた」との森林組合批判。「組合員の信頼回復、存在感の発揮へ、あるべき姿を示す必要があった」
津野山郷のわずか7戸の集落で育った戸田。「山村で暮らせる環境」に人一倍こだわり、旧東津野村長選挙に出たことも。その行動力と決断力は時に「政治家」とも評され、「戸田で森連は変わった」と言われる。
その戸田が会長になった時、銘建進出話は中ぶらりんの状態だった。
本来、原木需要を喚起する大型製材所は、組合員の所得増を目指す森連には悪い話ではない。だが、進出話が出た06年当時は距離を保った。
理由は、大型製材所が木材を直接仕入れ始めれば、森連の「食いぶち」である木材共販所(原木市場)の存在価値が薄れるため。
県内製材業への遠慮もあった。材を大量に扱う大型製材所が「『丸太高の製品安』を招く」との懸念は今も消えない。
会長就任時、「銘建に関しては軸足は定まってなかった」という戸田。その針が誘致に振れたのは、就任後ほどなく、あるデータを見た時だ。
県内製材業者が15年間で半減。森連の共販所で扱う丸太は6割が県外へ―。相前後して「愛媛県で大型製材所が稼働へ」との一報もあった。
「このままでは、高知は単なる木材生産県で終わってしまう。リスクを負ってでも、『川上』も加工分野で相応の役割と責任を果たすべきだ」
以降、おおとよ製材への出資をリードし、原木増産、販売体制で「銘建シフト」を敷くが、その陰では、森連に対する製材業者らの目線が冷めていく現実もある。
森連が、これほど大きな事業の当事者になるのも初めて。だから失敗できない。負うものの重さが、戸田に「不退転の覚悟」と言わしめる。(文中敬称略)