2016.03.16 10:13

小社会 「春は眠くなる。猫は鼠を捕る事を忘れ、人間は借金…

 「春は眠くなる。猫は鼠(ねずみ)を捕る事を忘れ、人間は借金のある事を忘れる」。夏目漱石が明治時代、小説「草枕」に書いている。春といえば「のどか」という言葉が浮かぶが、そうひとくくりにできないのが現代社会。

 「春の到来はあっという間に東京人を二つのチームに分ける。アレルギーの犠牲者と、幸運な人たちだ」。日本在住歴が長い米国人哲学者、マイケル・プロンコさんのコラム集にある。花粉症に悩む人にとっては「苦悶(くもん)の春」に違いない。

 「アレルギー以上につらいのは、アレルギーに同情してもらえないことだ」ともある。ある日を境に、大勢のマスクの集団が現れる光景は、「幸運な人」たちから見れば「たかが花粉症」と映るのか。確かに、あのつらさは発症した人にしか分かるまい。

 最近は、小児期に花粉症を発症する子どもが増えているという記事を読んだ。花粉症は、ある程度成長してから発病するといわれてきた。幼い子どもは自分の症状や苦しさを、うまく表現できない場合がある。より一層、注意深い大人の目が必要だ。

 エビ、カニなどが食べられない食物アレルギーの人もいる。それが好物の人にとっては、ピンとこないかもしれない。だが、学校給食で誤って原因物質を食べ、児童が死に至った例も記憶に新しい。

 「草枕」ではないが、「兎角(とかく)に人の世は住みにくい」。少数者や弱者に対する同情と理解を忘れないようにしたい。

カテゴリー: 小社会コラム


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