2016.11.17 08:25

高知県須崎市しんじょう君【やったね☆日本一 栄冠のその先に】

原作者の端広こうさんに描いてもらった「しんじょう君」。「周りから頼まれて、今でもよく描きます」(高知市内)
原作者の端広こうさんに描いてもらった「しんじょう君」。「周りから頼まれて、今でもよく描きます」(高知市内)
(上)誕生 アピールしない魅力
 彼が歩けば、大勢のファンが付いてくる。彼が立ち止まれば、たちまち幾重もの人だかりができ、撮影会が始まる。手を振るしぐさ、歩く姿。その一挙手一投足に「かわいい!」と歓声が上がる。2013年春の“誕生”から約3年半。こつこつと築いた人気で、彼は悲願の「日本一」に輝いた。高知県須崎市のキャラクター「しんじょう君」。「ゆるキャラグランプリ2016」栄冠獲得の軌跡を追った。

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 「まさかこんなことになるなんて。『すごい』の一言に尽きるというか。須崎市役所の方のおかげだと思います」

 11月中旬、高知市内のレストラン。

 「ゆるキャラグランプリ」での優勝を控えめに喜ぶ市内在住の女性(26)こそ、しんじょう君をデザインした原作者だ。企業で働きながら、「端広(はしびろ)こう」のペンネームでイラストレーターとして活動している。

 2012年。高知県須崎市は、新荘川で最後に目撃されたニホンカワウソをモチーフに、しんじょう君のデザインを募集していた。

 当時は都内の大学に通っていた端広さん。イラストは趣味で描く程度だったが、家族に応募を勧められ「せっかくなので」と挑戦することに。

 須崎の情報をネットで調べ、「鍋焼きラーメンの土鍋を帽子にしてみよう」と思い付いた。「とにかくかわいく」を意識したカワウソのデザインは、3時間ほどですんなり決まったという。「頭の部分がごちゃごちゃしているので」バランスを取るため、おなかにおへそをつけた。

 こうして、しんじょう君は誕生した。

 「末永く活躍してほしいですね。地域に貢献して、愛されるキャラクターに」

 “生みの親”は、変わらぬ思いで活躍を見守る。


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 端広さんがデザインした「しんじょう君」は、実は2代目。高知県須崎市は2002年に最初のしんじょう君を作っていたが、2012年夏ごろ、須崎市の若手職員らから着ぐるみを制作する企画が持ち上がり、デザインを一新しようと公募した。

 県内外から寄せられた約400点から、市民投票と、須崎市職員や市内のデザイナーらの選考を経て、現在の姿に決まった。

 しんじょう君のプロモート事業を手掛ける須崎市元気創造課の守時健さん(30)は、「しんじょう君のデザインには二つのポイントがあるんです」と話す。それは「目が合わないこと」と「特産品を持ち過ぎないこと」。アピールを前面に出してしまうと、必死さが伝わり、見た人の興味をそいでしまう恐れがあるのだという。

 2013年4月28日。しんじょう君は、須崎市内のイベントでお披露目された。見た目や動きのかわいさは好評だったが、それだけで群雄割拠のキャラ業界で生き残るのは難しかった。

 守時さんは「ブログとツイッターがしんじょう君の“生命線”です」と語る。しんじょう君は、この二つのツールを駆使し、全国で人気を獲得していく。


カテゴリー: 政治・経済高知中央


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