2016.03.01 16:23

第11回手島右卿賞に高澤翠雲さん 篆刻作品で初の受賞

自作の篆刻作品を見せて語る高澤翠雲さん(東京都品川区の日本書道専門学校)
自作の篆刻作品を見せて語る高澤翠雲さん(東京都品川区の日本書道専門学校)
 高知新聞社と手島右卿(ゆうけい)顕彰会(小池唯夫会長)が主催する「手島右卿賞」(共催=共同通信社)の選考委員会は2月29日、第11回の受賞者・受賞作に千葉市在住の篆刻(てんこく)家、高澤翠雲(すいうん)さん(59)=本名・高澤直樹さん=と作品「無為而尊者天道也 有為而累者人道也」を選出した。篆刻作品の受賞は初。

受賞作「無為而尊者天道也 有為而累者人道也」(無為にして尊き者は天道なり。有為にして累=わずら=わしき者は人道なり)。意図的に文字を欠けさせ、風化したような味わいを生み出している
受賞作「無為而尊者天道也 有為而累者人道也」(無為にして尊き者は天道なり。有為にして累=わずら=わしき者は人道なり)。意図的に文字を欠けさせ、風化したような味わいを生み出している
 高知安芸市出身の書家・手島右卿(1901~1987年)の業績を顕彰しようと2006年から毎年選出している。書を中心とする芸術分野で前年の1年間に国内外で活躍した60歳までの作家が対象。

視乎冥冥聴乎無聲=冥冥に視、無声に聴く
視乎冥冥聴乎無聲=冥冥に視、無声に聴く
 高澤翠雲さんは札幌市出身。幼少から書と篆刻を学び、大東文化大卒業後、都内の書道専門学校で教える傍ら篆刻作品を発表している。石材などに印章を彫り作る篆刻は書道の落款などがよく知られるが、現代アートとしても注目されている。選考委は、文字の欠けを生かすなどして多彩で自然な風合いのある文字を造形する高澤さんを評価、荘子の語句を題材とする受賞作を選んだ。

無勧成=成るを勧むる無かれ 
無勧成=成るを勧むる無かれ 
 表彰式は手島右卿の命日である3月27日に高知市の高新文化ホールで、高澤さんの作品の受賞記念展は27日から5日間、高新画廊で開かれる。


高澤翠雲さんの作品資料などを基に検討した審査(都内のホテル)
高澤翠雲さんの作品資料などを基に検討した審査(都内のホテル)
■欠けの妙味や自然の味わい 手島に学んだ絵画性■
 高知県安芸市出身の書家、手島右卿を顕彰する「手島右卿賞」を受賞した千葉市の篆刻家、高澤翠雲さん(59)のインタビューや作品などを紹介する。

 篆刻とは印章を彫ること。つまり「ハンコ」には違いない。しかし古代文字から灯(とも)される文化は歴史が深く、現代では芸術性を深めている。高澤翠雲さんが目指すのは「文様のような文字」という。

 「人為的に見えない字をどう作るか、いつもそれを考える」

 都内の書道専門学校。授業開始の前、高澤さんは自作品や印章を並べて話す。

 「例えば印を紙に押したときの余白、字の混み具合。調和的で平均的、偏りのなさがとても大切になる」

 特に重きを置くのは文字の「欠け」。印刀で石を刻む時は満遍なく欠けを入れ、自然の風合いを出すことが大事、静かな語りでそう説く。

 「欠けが1カ所に偏ったり、左右対称があると自然さが消える。そう考えると、ここにしかないという欠けの場所が必ずある」

 創作工程は彫刻の趣が濃い。中国産の石の表面をやすりでこすって完全平面(印面)を作り、細筆を使って鏡文字(逆さの文字)を書き入れ、両刃の印刀を字に沿わせながら彫り、または残す。

 直線的には彫らない。線をたたき、ぎざぎざを入れ、あるいは山の稜線(りょうせん)を残すように線を彫り残す。

 朱色の印泥を付けて紙に押した時、「生きた文字、そして文様のような味わい」があれば成功だ。

 篆刻の源流は古代中国にある。殷(いん)のころすでに鋳造印があったとされ、秦の始皇帝の時代は官職名を刻み泥土に押した。紙の台頭で普及が進み、日本では隋、唐の様式に倣った鋳造印「倭古印(やまとこいん)」が奈良、平安辺りから登場する。

 それら古代の印章は時の流れによって風化、摩耗し、独特の文様性を持つに至った。高澤作品は、古代印がそのまま現れたような風情がある。
 
 高澤さんの篆刻歴は半世紀。北海道の札幌市、苫小牧市で育ち、戦後の北海道書道界の生みの親と言われた大叔父の加納守拙(しゅせつ)の家に幼少から通い、書道と併せ、書に添える落款(サイン)を作る篆刻の手ほどきを受けた。

 「特殊教育を受けて育ったわけです」と高澤さん。東京の大東文化大学で中国文学と書道を学び卒業、書道団体「書宗院」(東京)の本部委員を務めていた27歳のとき、加納の勧めなどもあり、手島右卿の内弟子となった。

 神奈川県鎌倉市に蟄居(ちっきょ)した手島と3年間、寝食をともにした。手島はすでに高齢、昼間は「うつうつ寝てばかり」の日もあったが、来客があれば朝から活動、地元の料理屋で歓待した。

 「そこは土佐の人ですから。必ず僕が同行し、多い時は1日でしゃぶしゃぶ7回、和食3回、すべて別の方々を接待。僕はすべてでそれを食べる。つらかったです」と笑う。

 夜になると突然起き出し「高澤、書くぞ」と言い始めたりする。準備を手伝い、書く様子を目前で見た。

 「場の空気が変わる。物理的に変わる。天井の屋根がびしびし音を立てる。オカルトではないんです」

 篆刻は韓国出身の作家、高石峯に学び血肉としたが、手島からも一端を学んだ。

 「先生は画家の目で篆刻を語った。もともと画家ですから。若い頃に作った篆刻の落款も見せてくれた」

 内弟子生活は最初の約束通り「3年きっちり」で終わった。手島は弟子入りしたのと同じ3月27日に85歳で逝去、高澤さんは最期をみとった。

 「学んだのは絵画性、そして自然であれ、ということ。ですが(手島のような)天才は凡人とはもともと違う。それをそっくり学んでもその域に絶対到達はできない」

 手島が設立した書道専門学校で教壇に立つ傍ら国内外で篆刻作品を発表。専門誌の連載を持つなどし、千葉市の作業場に夜昼なくこもる日が続いている。

 2015年秋、還暦前の総仕上げにと荘子の語句を主題に59点を発表した。受賞作はその一作「無為而尊者天道也」。わた菓子のような白文字は風化で摩耗したように見え、立体的に浮かび上がる。時空を閉じ込めたような文字世界だ。


■手島右卿賞とは■
 書を世界的芸術の域に高めた手島右卿を記念し、2006年に創設。「右卿の業績を顕彰すると共に、世界的な芸術を志向する創造性豊かな成果に対して、その個人と作品を称(たた)え、周知する」(創設趣意書)のが狙い。公募はせず、選考委員が推薦する作家の作品を選考委員会で合議の上、決定する。 表彰式は3月27日、高知市本町3丁目の高新文化ホールで行われる。ガラス工芸作家、武政健夫さん(高岡郡四万十町出身)が制作した手島右卿の肖像を銅製のレリーフに写した作品と副賞50万円などが贈られる。

■選考経過■多様性と長年の創作評価
 選考委員会は東京都内のホテルで開かれ、手島右卿顕彰会の小池唯夫会長(元毎日新聞社社長)、宮田速雄副会長(高知新聞社社長)のあいさつに続き、武田厚さんを主査に選考を進めた。

 選考では武田さんが現代アートとしての篆刻芸術の奥行き、可能性の広がりを解説、現代篆刻界を代表する作家の一人である高澤さんの作品の多様性、長年の創作をたたえた。出席者からは「展示での見せ方に工夫が必要」との指摘が出たが反対意見はなく、荘子の語句を主題とした作品を受賞作とした。

 選考委員は次の皆さん。
 武田厚(美術評論家)=主査
 浅葉克己(アートディレクター)
 手島泰六(書家、手島右卿顕彰会副会長)
 笠嶋忠幸(出光佐三記念美術館次長)
 杉本新(共同通信社文化部長)
 梶川芳友(京都現代美術館館長)


■講評 バッハの音を刻むごとく■
【選考委員会主査・美術評論家・多摩美術大学客員教授 武田厚】
 書画や墨跡に付された朱色の雅号印や落款印を通常目にすることがあるが、大概何気なく見過ごしてしまうことが多い。しかし、例えば印譜のようなものでそれらをまとめて見てみると、そこには実に多種多彩な“表現”というものがあることに気づく。その小さな面積に詰め込まれた書の造形のことをその世界では「方寸の芸術」と称している。つまり篆刻の造形世界のことである。2016年11回目を迎えた手島右卿賞の選考委員会で、その篆刻の道を究めようと一途に歩んできた作家、高澤翠雲氏の作品が選ばれた。篆刻作家の受賞は今回が初めてである。

 云(い)うまでもなく篆刻は書芸術の一分野である。篆刻とは篆書による印刻のことである。篆書というのは中国の古代文字で、いわゆる漢字の一書体である。しかしそれは字形やその構造において実に魅力的な造形性を有した書体なのである。それが中国宋・元のあたりから好みの詩句や名言を取り上げて刻する、いわゆる文人の趣味性から発した篆刻として現れ、独自のメッセージを有した個人の作品として自立していくようになる。以後、明・清時代の中国では隆盛期を迎え、表現の芸術性も一段と高まり、篆刻創作と鑑賞の時代というものが続いたわけだが、ちょうどそのころが日本での篆刻の歴史の始まりのようだ。つまり、17世紀以降、桃山から江戸期にかけて盛んになっていく。そして戦後の日本の現代書における篆刻は、他の分野同様、造形の自由、表現の個別性という点での意識をさらに高めていく。そんな中で自立した篆刻作家たちは、古代と現代、伝統と革新の狭間(はざま)で常に揺れながら悠久の時間(とき)の流れる独特の造形世界の美を探ってきたように思う。

 昨秋東京で開かれた個展で高澤さんは荘子の語を主題とした連作を並べた。印の大きさも形体も作風も様々であるが、全体を通してみると、朱文や白文のそれぞれの美しさ、隣接する文字相互のリズミカルな動き、枠や文字の欠けの妙味など、その小世界に詰められた作者の思いが伝わってくるようでもあった。とりわけ受賞作は堂々たる風格を感じさせる見事なものであった。ちなみに篆刻の見どころについて訊(き)いてみると、高澤さんはこう答えてくれた。「文様のような美しさと彫刻のような立体感を見て欲しい」。そのためには“生きた線”を刻さなければならない、と加えた。

 ところでその「方寸の芸術」について、どうすればその小宇宙のような美的世界をもっと楽しく親しんでもらえるのか、と高澤さんは頭を悩ませている。この度の受賞記念の個展でも出品される予定だが、「印画」と称した一連の作品は、その悩みの解決策の一つとして考案された新表現の作品である。篆刻作品の拡大ではなく、篆刻作品の芸術的要素を失することなく、より絵画的に大きな画面に直接描いたものである。篆書の書体に見る魅力がよりわかり易(やす)くなり、併せてその美観がより身近なものとなってくるのではないか、と自身は期待している。そんな仕事をしながら彼はバッハをよく聞いている。手の動きとバッハのリズムが調和して気持ちがいいらしい。ちょっとした驚きである。


■27日から高新画廊で受賞記念展■
 受賞記念展は3月27日~31日、高知市本町3丁目の高新画廊で。また高澤さんの記念講演「手島先生のこと」(仮題)が27日午後2時半からRKC高知放送南館3階37号室で行われる。いずれも入場無料。

カテゴリー: 文化・芸能


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