2016.03.02 08:28

小社会 「昭子も驚いて駆け降りてみると、茂造の姿が…

 「昭子も驚いて駆け降りてみると、茂造の姿がどこにもない。離れの様子を見たが、雨戸は閉まったままで中に入った痕跡がない。また青梅街道に飛び出したのか…!」。

 高齢者の認知症を扱った有吉佐和子の小説「恍惚(こうこつ)の人」(1972年発表)。都内で暮らす立花昭子が、夫の信利から舅(しゅうと)、茂造が不意に家からいなくなったと聞いて、色を失う場面だ。夜通し捜しても茂造は見つからなかった。

 翌朝、茂造は徘徊(はいかい)しているところを警察に保護されたが、事故や事件に巻き込まれていたら…。そんな懸念が現実となったのは2007年。愛知県大府市で認知症を患う91歳の男性が、85歳の妻がうたた寝をしている数分の間に外出し、電車にはねられて死亡した。

 遠方で暮らしていた長男を含め家族にどれだけの監督義務があり、JR東海に対し賠償責任があるのかどうか。人ごととは思えない裁判できのう、最高裁が「家族に賠償責任はない」との初判断を示し、妻の責任を認めた二審判決を覆した。

 一審判決は長男の責任も認めた。もし家族に厳しい司法判断が貫かれていたら、家庭での介護は一瞬たりとも目を離せない緊張を強いられるかもしれない。今回の判決は常識にかなっているのではないか。

 「恍惚の人」の発表から41年後の13年、認知症による徘徊などで行方不明になった人は1万人を超えた。判決にホッとしながらも、向き合う課題の重さを思う。
カテゴリー: 小社会コラム


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