2016.03.01 16:45

ビキニ被爆から62年 漁船乗組員の救済へ高知から第一歩

「放射性物質で健康被害を受けた人を放置できない」と話す聞間元氏(静岡件浜松市)
「放射性物質で健康被害を受けた人を放置できない」と話す聞間元氏(静岡件浜松市)
  1950年代を中心に米国が太平洋・ビキニ環礁で繰り返していた核実験で、高知県の延べ270隻を含む約千隻の日本漁船が被ばくした。高知県の元乗組員ら10人が船員保険の適用を申請したのは、60年以上も過ぎたこの2月末だった。これほどまでに被ばく者救済が遅れた背景には、乗組員らに対する放射線検査の記録が2014年まで開示されず、被ばくの実態が見えなかった事情がある。1日はビキニ水爆実験「ブラボー」から62年―。
   
「もうみんな死んじもうた」と話す松下長次さん(高知県土佐清水市下川口)
「もうみんな死んじもうた」と話す松下長次さん(高知県土佐清水市下川口)
 「福島第1原発事故の50年後、60年後を思い、申請しました。多くの人にビキニのことを知ってもらうのが自分の役割」

 太平洋上で被ばくした父を78歳で亡くした下本節子さん(65)=高知市=は2月26日、船員保険の適用を申請した後、高知市内でこう語った。船員保険が適用されれば、労災認定と等しく、元乗組員や遺族らにとって、救済への第一歩となる。

 一連の核実験による船員保険はこれまで、第五福竜丸関係にしか適用されていない。放射性降下物「死の灰」を浴びた第五福竜丸では、船員23人が放射線障害で入院し、無線長の久保山愛吉さんが亡くなるなどしている。

 第五福竜丸以外で救済への動きが出なかったのは、被ばくの実相が長年、はっきりしなかったからだ。第五福竜丸事件の翌年、日本政府は慰謝料200万ドル(当時の円換算で7億2千万円)を米国が支払うことで合意。この「政治決着」後、実態は未解明のまま、問題は表舞台から消えた。

 しかし、今は事情が違う。厚生労働省は2014年、放射線量の検査結果など当時の関連資料をようやく開示し、「被ばくした日本漁船は約千隻」といった事実が次第に明らかになってきた。

 既に被ばく者は高齢化し、がんなどで亡くなる人も相次ぐ。時間が限られる中、高知での申請第1陣は、全国的な全容解明と救済へのスタートラインでもある。

ビキニ被ばく「労災」申請 広がるか元船員らの救済
 米国は1950年代を中心に、太平洋・ビキニ環礁周辺で核実験を繰り返した。第五福竜丸を被ばくさせた1954年3月の水爆実験「ブラボー」も一連の核実験の一つにすぎない。あれから60年以上を経ても核の影響は消えておらず、元乗組員による船員保険の申請もようやく始まったばかりだ。

保健適用へ支援の医師・聞間氏「被ばくの根拠ある」
 米国がビキニ環礁で繰り返した核実験によって、延べ約千隻の漁船が被ばくしたとみられる。高知県内の遠洋漁船も数多い。しかし、放射線を浴びた元乗組員らへの救済は始まったばかりだ。船員保険の適用を申請した元乗組員ら10人を支援してきた浜松市の内科医、聞間元(ききまはじめ)氏(71)に、申請の意味や今後の見通しなどを聞いた。 
 「1995年から第五福竜丸の元乗組員の調査を始めました。私は当時、全日本民主医療機関連合会(民医連)の被ばく問題委員長。この年に広島で開かれた原爆投下50年の国際シンポジウムで、(広島、長崎に次ぐ)“第3の被ばく”として第五福竜丸事件のその後がどうなっているかを発表しました」

 第五福竜丸の調査を続ける中、元乗組員の小塚博さん(2016年1月26日に死去)と会う。小塚さんはC型肝炎を患っていた。

 「福竜丸の乗組員は被ばく直後に入院し、船員保険を使って治療しました。その際の輸血で、小塚さんはC型肝炎を発症したのに、療養補償がされていない。被ばくが原因で発症したのだから、船員保険の再適用が認められるべきだ、と考えたわけです」

 聞間氏はこの考えに基づき、船員保険の再適用を申請。2000年に国の社会保険審査会が再適用を認めた。これを突破口として、C型肝炎を発症した乗組員1人と、肝臓がんなどで死亡した乗組員の遺族が、船員保険と遺族年金を受給できるようになったという。
 一方、高知県の元マグロ漁師らはどうか。

 第五福竜丸以外の乗組員が船員保険の適用を申請した例はほかになく、壁は厚い。「健康被害は米の核実験の被ばくによるもの」という根拠を示さなければならないからだ。

 ただ、かつてと違って、この2月末に申請した高知県内の元乗組員らには「証拠がある」と聞間氏は言う。

 2014年に厚生労働省が開示した公文書がそれだ。旧厚生省などは1954年3~6月、漁船延べ556隻(実数473隻)について、被ばく状況を調べていた。公文書はその検査記録で、漁船の船具や照明などから人体に影響を及ぼす危険性のある放射線量の値が記されていた。

 「今まで『ない』とされていた文書が開示され、船@体、乗組員の被ばくを測定した具体的データが初めて示されたわけです。明らかに被ばくしているじゃないか、という明白な証拠。米国の公文書開示によって放射性降下物の広がりを記録した機密文書も明らかになっています。航海図と照らし合わせると、客観的な被ばくの根拠になります」

 「今回、船員保険の申請をした乗組員の船は、ビキニ環礁の東側で操業していたことが分かっています。(水爆地から)風下で、被ばく(線量)が強い。(米国の公文書などを参照すると)被ばく線量は(日本政府が胃がんなどの発症の一基準としている)100ミリシーベルトを超えているでしょう」

 別のデータもある。

 高知県内の元乗組員を対象として、岡山理科大学が歯のエナメル質を分析したところ、約319ミリシーベルトの被ばくを確認した。広島の爆心地から約1・6キロで浴びた線量に匹敵する。

 「ビキニ被災者援護法みたいな法をつくり、元乗組員に被ばく者手帳のようなものを給付し、定期健康診断や病院の窓口負担の軽減ができれば最善です。だけど、皆さん高齢になった。粘り強く運動するにも時間がありません」

 「静岡や岩手、鹿児島などでも多くの漁船が被ばくしているはずですが、調査が進んでいません。どこかで誰かが突破口を開かないと、ビキニで被災した乗組員は健康に関係なかったことになってしまう。とにかく一石を投じて船員保険の適用を認めさせたい。一人の医療人として放っておけません」


申請した松下さん「お金はえいがよ」
 「(申請が決まって)うれしい。けど、僕1人じゃどうにもならんろ?」

 土佐清水市下川口の自宅で、元マグロ漁師の松下長次さん(81)は言った。米国の核実験による被ばくだとして、船員保険の適用を申請した1人だ。ベッドに腰掛けて当時を振り返り、何度も口にした。

 「これはおかしいことないか?」

 被災から半世紀以上が過ぎ、多くの仲間が死んだ。自分の乗った船があった神奈川県では、被ばく者の調査も進んでいない。

 「10人が(申請第1陣に)入った。でも、マグロ船に乗りよった人はもっとおる。僕は三崎(の船籍)。ここで調べたら、もっと(被ばく者は)おるはず」

 戦後の貧しい時代、松下さんは家計を助けるために15歳で家を出て、船に乗った。数年後のある日、「遠くの空がぶあーっと光る明かり」を見たという。

 核実験の調査を続けてきた山下正寿さん(71)=宿毛市=らが調べた記録によれば、松下さんの乗っていた「第十三光栄丸」は1954年3月1~13日、ビキニ環礁から南東1280キロで操業中だった。帰港は3月26日。当時の検査では船具が1万3200カウント、人体も最大230カウントを記録した。6千カウントを超えたマグロ33・7トンは沖合に全て捨てた。当時のマグロの廃棄基準100カウントを大きく上回っていた。

 乗組員は帰港後の1カ月間、神奈川県の久里浜の病院で頭髪や爪などを検査。松下さんは「白血球の数に異常がある」と医師に通告されたという。

 松下さんは50年ほど前から肝臓を患っている。そのときの医師は「こんな症状見たことない」と首をかしげたという。2006年には肝硬変と診断されている。

 申請支援団体は被ばくによる影響だと考えている。申請が認められれば、医療費や遺族一時金などが支給される。

 ところが、松下さんは「僕ら、お金はえいがよ」と繰り返した。

 「最初は僕らも(補償)されると思いよったがやけど、それでももらえんかったがやけん。今はみんな死んじもうて、おらんやか」

「かしき」の藤田さん「マグロも捨てた」
 藤田義行さん(78)=室戸市浮津三番町=は中学卒業後、1953年4月~1955年4月、室戸船籍の遠洋マグロ漁船「第七大丸」に乗っていた。これが藤田さんの初航海。船員の料理を作る「かしき」を任された。

 ビキニ環礁の東側海域で操業中だった1954年3月1日、水爆ブラボーが爆発した。4月1日に東京港に着くと、ガイガーカウンターで体の放射線量を計測されたという。

 「機械がガーガー鳴ったのは覚えちゅう。室戸の港に戻ってからも測られた。マグロも沖に捨てたと思う」

 「ビキニ事件」を長年調べてきた山下正寿さんらの調査によると、第七大丸の乗組員全員に白血球の減少がみられ、上陸禁止のまま検査を受けたという。約22・5トンのマグロも海洋に廃棄されている。

 第七大丸の船員は24人で、室戸出身者は21人だった。2001年に肝がんで死亡した船長を含め、がんで亡くなった人も複数いるという。

 藤田さんは言う。

 「当時は被ばくがどうとか、(周りからは)一切言われんかった。被ばくが原因で死んだかを調べるのはいいことやけんど、それにしても(調査が)遅すぎよ。もう生きているもんはほとんどおらん」


  【2月26日に船員保険の適用を申請した高知県関係者10人】
 ・第十三光栄丸の元乗組員、松下長次さんら2人
 ・第七大丸の元乗組員と遺族2人
 ・第二幸成丸の元乗組員
 ・第五明賀丸の元乗組員
 ・第五海福丸の元乗組員遺族
 ・第十一高知丸の元乗組員遺族
 ・第八順光丸の元乗組員

カテゴリー: 社会環境・科学


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